第155話 計略

 「何用でこの部屋に来たのじゃ?」


 エレオノーラの口調は親父譲り、そう思わせる口調でティベリウスはヴェルナールに尋ねた。


 「ティベリウス殿に耳寄りな話があったから……ではダメですか?」

 「構わん。そこの椅子にでも掛けてくれ」


 ティベリウスは、ヴェルナールの言葉に興味を示したのか座るよう促した。


 「さて、話を聞こかせてもらおう」

 

 互いに出方を窺うような真似はせず、すぐに本題へと入った。


 「私の間諜が持ってきた情報によれば、アオスタ公の元にタルヴァン派の聖職者がつい先日、来ていたのだとか。更には昨日、アオスタ公ガミュンヘベルク大公と密談を行ったことも確認済みです」


 ヴェルナールの発言は勿論、得意のでまかせ。

 それをきいたティベリウスは、はたと首を傾げた。


 「儂の放った手の者によればそのような報告は届いておらぬがの?よもや嘘をついておるのではあるまいな?」

 「嘘などとんでもない。その間諜は帰ってきてないだけではありませんか?どうやらアオスタ公は自身の警護に相当な手練をつけている様子」


 実を言えばらカロリングの手の者と交戦になり殺したとの報告はノエルからされている。

 そしてアオスタ公の警護は、これからノエル率いる間諜達の中から選んだ人員で行うこととなっている。

 警護と言うよりかは、カロリングの手の者を待ち受けるだけだが……。


 「ぬぅ……確かに戻ってないだけじゃ。疑ってすまぬ」


 ティベリウスは、それが警戒心の発露であることを詫びた。

 それにヴェルナールは、自らのでまかせに何の追及もなかったことに胸を撫で下ろした。


 「構いませんとも。そしてもう一つ、私はアオスタ公よりタルヴァン卿を支持しないかと誘いを受けました。もちろん断りましたが……」


 そんな事実など無いのだが、自身の間諜を失ったことを見抜かれたティベリウスの心は、既に疑うことを忘れヴェルナールの言を信じ始めていた。


 「そうか……じゃが直ちに影響のあるような問題でもあるまい。放っておいてもよかろう」


 自身が推すコルネリウスではなくタルヴァン卿を支持する選帝侯が増えることに焦る心を隠しながら、ティベリウスはそう判断をした。


 「ティベリウス殿がそれで言うというのなら私はそれで構いませんが?」

 「教えてくれたことに感謝しよう」


 それで二人の密談は終わりだった。

 だが、すっかりヴェルナールのでまかせを信じきってしまったティベリウスはこの後、彼の人生において最大の失態を行うことになる。

 そしてそれは、ヴェルナールの掌中の出来事に留まらないことは、ヴェルナールはまだ知らない。

 

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