第150話 バルバロッサ死す
夕刻、街を見下ろす崩れかけた廃墟にヴェルナールの姿はあった。
「呼びつけてしまって申し訳ない」
ヴェルナールは先に到着していた二人に愛想笑いを浮かべながら頭を下げた。
「こちらもヴェルナール殿とお話したいとおもっていたところ、願ってもないことです」
人の良さそうな顔に恰幅の良い体、バンベルク司教は屈託のない笑みをみせた。
「ヴェルナール殿、先日の管理の不行、この場を借りて謝らせていただこう」
バルバロッサはその痩躯を折り曲げた。
「技量の低い連中で助かりましたよ。随分と舐められたものです」
バルバロッサの手の者の犯行と見当をつけていたヴェルナールは、笑顔のままに皮肉った。
「両者の間で何かあったのですかな?」
「いやなに、ヴュルツブルク公に狩りに誘われて行ったところ、予想外の野獣共に襲われて返り討ちにしたのですよ」
ヴェルナールとバルバロッサのやり取りを聞いてバンベルク司教は、何かを察したようでそれ以上は首を突っ込まなかった。
「さて、時間も惜しい。本題に移りましょうか」
秋の日は鶴瓶落とし、太陽は最後の陽光を眼下の街並みに投げかけていた。
「我々は領地が隣接しており、共同で問題に対処することも十分可能であると思いますが……足並みを合わせるためにも二人の方針を聞いておきたいのですよ」
元々バンベルク司教は、司教領を保有し独立した貴族であるためヴュルツブルク司教領のように領土で拗れることもなかった。
「方針か……それはヴェルナール殿のものも聞けるのでしょうなぁ?」
バルバロッサは疑いの念をこめた視線をヴェルナールへと送る。
「もちろんですとも。二人が方針を打ち明けたのにも関わらず私一人言わないような卑怯な真似はしませんとも」
「それを聞いて一安心だ。何しろ、この選帝侯会議で交わされる言葉は表面上、意味を持たないのでな」
バルバロッサはつまらなそうに言った。
それはその通りでカロリング帝国に同調する選帝侯もいれば、タルヴァンやシュヴァーベン同盟に与する者もいる。
一つだけ明らかなことは、プロテスタリー派閥の司教、選帝侯が一人もいないということだ。
偏重であるのは十分問題なわけだが選帝侯会議の中にプロテスタリー派閥がいないことで、プロテスタリーとカトリコスの争いが起きないことがせめてもの救いだった。
「忌憚なく意見を交わして欲しいところですが残念な限りですね」
暗にお前らのことだとヴェルナールは言うが二人は意に介さない。
「そういえばヴェルナール殿は、プロテスタリーなのかカトリコスなのかをハッキリさせていないな」
自国の宗派を明言する国が多い中、アルフォンス公国では特に明言していなかった。
おかげで他国に比べれば宗派の対立の度合いは緩い。
しかし主義や主張、派閥、勢力などの線引きでものを考える主権国家は、それらを明らかにすることを重要視する傾向にある。
例に漏れず司教領として独立を保ったヴュルツブルク公バルバロッサもその一人だった。
「私は中庸が一番だと思いますよ?」
自分よりも三倍近く歳を経ているバルバロッサから送られる圧を込めた視線にヴェルナールが屈することは無い。
「それで民が治まるとでも?」
「どうにか治まりをつけるのが我々の務めでしょうよ。むしろ明言することで対立を煽るのではないですか?」
ヴェルナールがそう言うとバルバロッサは面白くなさそうに鼻を鳴らした。
「どう治まりをつけているのでしょうか?」
バルバロッサに変わり質問を投げかけたのは、それまで黙って話を聞いていたバンベルク司教だった。
「そうですね。私の領内では要職に就く聖職者達を集め条例を設けました」
宗派を明言しないことにより外交上で不都合なことは多々あるのだが、ヴェルナールはまず領民を守ることを優先していた。
「というと?」
「例えば宗派による
厳罰を下すことを具体的に示すことで条例が実行力を伴うものであると領民に知らしめた。
「参考にしても?」
「全然構いませんとも」
二人が柔和な笑みを浮かべたその後ろで立て続けに物音が響いた。
「ヴュルツブルク公!?」
ヴェルナールは振り返ると咄嗟に叫んで近寄った。
「んぐッ……おぉ……ッ」
口角に血泡を浮かべたヴュルツブルク公は虫の息。
「これは……ッ!?誰かの仕業か!?」
バンベルクは驚きも顕に叫んだ。
「とりあえず人を呼びましょう!それから選帝侯会議に参加している方達への連絡も!」
ヴェルナールは慌てながらも的確な指示を飛ばす。
「では自分が人を呼んで参りますので、ヴェルナール殿はヴュルツブルク公の傍を離れないでください!」
バンベルク司教は、その恰幅のいい体を揺らしながら走り出した。
しかしこの丘から人家は遠く距離がある。
人を呼んだところで間に合うはずも無かった。
かくしてシュヴァーベン同盟の一角は崩れ去ったのだった。
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