第142話 すれ違う二人

 「暗殺、政治的な追放、あるいは宗教的な追放、色々考えられるな」


 司教座都市ヴュルツブルクを見下ろすマリエンベルク要塞の居室から空堀を渡るアルテ・マイン橋を眺めながらバルバロッサは誰に言うでもなく呟いた。

 もはやかつての権威はないまでも、司教就任によりある程度の権威と利権を保持していた。

 周囲の貴族及び、ヴェルナールにより取り潰しとなった貴族とは今でも太い繋ががある。

 なんなら秘密裏に反アルフォンス・メクレンブルクの集団を組織しつつあった。


 「宗教的圧力による追放をお考えであるのなら、タルヴァン殿にお力添えを頂けるでしょうな」

 

 の居室には、いつの間にか一人の男が立っていた。

 

 「来ていたのか……」


 振り返りもせずバルバロッサは言った。

 声の正体は、ヴェルナールに家を取り潰されたアインスバッハ侯だった。


 「国王陛下には、シュヴァーベン大公の元にお移り頂きました」

 「ご苦労だったな」


 スミス川一帯における戦闘の敗北後、エルンシュタット王の身柄を匿っていたのはバルバロッサだった。

 その後、バルバロッサがアルフォンスに降伏するにあたってその身柄をタルヴァンの息のかかるシュヴァーベン大公の元へ送っていた。

 つまるところ、バルバロッサは以前から先を見据えて動いていたわけだ。

 まさに「食えない奴」という言葉が似合う人物だった。


 「これでエルンシュタット再興に一方近づきましたな」

 「そうだな」


 アインスバッハはエルンシュタットに絶対的忠誠を誓う忠臣だった。

 それ故にヴュルツブルクの元で反アルフォンス・メクレンブルクの集団に参加してその中核をになっていた。

 ところがヴュルツブルクにそんな意思はない。

 エルンシュタット再興などということは微塵も考えていなかった。

 だがアルフォンスと対立していく上で絶対的に手駒が足りない。

 そこでエルンシュタット再興という建前でアインスバッハに近づき密かに手駒を集めさせていた。

 そこにアインスバッハが気付いているのか気付いていないのか、二人は決定的な部分ですれ違っていた。


 「次の手筋について少し話し合おうじゃないか」


 バルバロッサは、グラスに酒を注いでアインスバッハを誘った。


 「是非にも」


 アインスバッハはにこやかに応じる。

 互いに違う目標を持ってすれ違う二人はしかし、どこまでも互いに利用するぞという気概をその貼り付けた笑顔の下に隠していた。

 ヴェルナールの感知出来ない場所で、次々に用意される仕掛け、そのどれもが用意周到でヴェルナールにとって悪意に満ちていた。

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