第140話 動き出す仕掛け
「閣下、ダンマルクよりの遣いが来ておりますが……」
執務室の扉を叩いたのはアンドレーだった。
昨年スヴェーア相手に共闘して以来、音沙汰のなかったユトランド評議会だったが、今更何用かとヴェルナールは首を傾げた。
しかしわざわざダンマルクから何日もかけてこのアルフォンスまで来たのだから会わないわけにはいかないなとヴェルナールは面会することを決めた。
「分かった。通してくれ」
アンドレーに伝えてから十分あまり、執務室にやって来たのはヴェルナールの知る顔だった。
「お目通り感謝致します」
「イェンセン殿か。過日以来だな」
使者というのはダンマルクの次席外交官であるイェンセンだった。
アルフォンス公国がベルジクによる侵攻を受けた際、ホランド王国を動かすために骨を折ってくれたのがイェンセンだった。
「顔を覚えていただけているとは!」
作った表情であることをヴェルナールは気づいていたが、イェンセンは心底嬉しそうな表情をした。
「いやいや、我が国にとり恩人とも言える方、忘れるはない」
「いやはやそこまで持ち上げられると何とも……」
「して、今日は如何なる用向きで参られたのかな?」
ヴェルナールが本題に入るよう促すとイェンセンは居住まいを正した。
「はい、ノルデン主義連合内に我が国への再侵攻の動きがあるとのことで、アルフォンス公にもぜひお力添えを頂きたくここへ参った次第」
それはもはやアルフォンス公国が取るに足らない小国家では無くなったことの証左とも言えた。
既に動員可能兵数から言えば中規模の国家に相当している。
ユトランド評議会参加国の中で言えば、どこよりも大きい国家だ。
「そうか……それなら……」
ヴェルナールは一度そこで言葉を切った。
イェンセンは息を飲んでヴェルナールを見つめる。
「断らざるを得ない。申し訳ないが我が国にはその余裕がないのだ」
ヴェルナールはそう言ってノエルに視線を送る。
するとノエルが紙の束をめくり出した。
そして最もらしく言うのだった。
「現状、我が国は大国エルンシュタット及びベルジク、北プロシャとの戦争を終えたばかり。多大な人的損失を被っただけでなく国家の資金も余裕がある訳ではありません」
ノエルが見ているのは全くと言っていいほど関係の無い資料なのだが、戦争を終えたばかりという事実を前にそう言われてしまえば、疑いの余地はなかった。
実際のところ人的損失は痛かったが国庫の方はベルジクの国庫を丸ごと、エルンシュタット国庫の中身を半分、北プロシャ選帝侯の保釈金を貰っていたので若干の余裕があった。
しかし、イェンセンは簡単には退かなかった。
「それは少し無責任ではないでしょうか?」
むしろ挑む姿勢を見せてきた。
「と言うと?」
ヴェルナールは目を細めて聞き返した。
「考えようによっては、アルフォンス公が我らの同盟国たるベルジクを消し去ったと考えることも可能です」
「それは少し違うのでは?ユトランド評議会を抜けたベルジクは大陸中央同盟に加盟したはずだ」
「それもアルフォンス公が執拗にベルジクの立場を脅かしたからでは?」
そう言われてヴェルナールは眉間を揉む。
アルフォンス=ベルジク戦争の後、ヴァロワ内戦においても、ミーヌ炭鉱を巡る小競り合いにおいてもアルフォンス公国内は確かにボードゥヴァンの野暮を砕き続けた。
言い方を変えればボードゥヴァンのプライドを折り続けたとも言えるし、王家への民心の離反を招きベルジク王国という国家そのものを脅かしたとも言える。
「そうだな。半分の非は俺にあるかもしれない」
ヴェルナールは残りの半分はベルジクの自爆だとは敢えて言わなかった。
「ならば是非にもお力添えを」
イェンセンが畳み掛ける。
「兵は出せないが知恵くらいは貸そう…」
ヴェルナールは観念したように言うのだった。
しかしヴェルナールがユトランド評議会陣営の戦争に関与するという趣旨のこの発言を放ったことで既に見えない大きな罠に嵌ってしまっていることをヴェルナールもイェンセンも知らなかった。
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