第139話 うら若き青年

 「ヘルヴェティアに入られる前に必ず殺せっ!いいな!?」

 「「おうっ!」」


 シュヴァーベン大公は、自らの領地を追われる身となった一人のうら若き男が通ることを知るや、自らも追っ手を出した。

 その男というのは後に宗教改革の第一者として知られるカルヴィンのことだ。

 追っ手はミトラ教カトリコス派の組織であることをカルヴィンは気付いていた。

 静かに起こりつつつあった派閥の衝突はしかし、カラファ法皇の死去により急速に激化しつつあった。

 カルヴィンの所属する派閥は、元々カトリコスであったが思想、意見の相違によりカトリコスとは袂を分かっていた。

 それ故に静かな対立となっていたのだが、ことここに至って次期法皇の座に何としてもカトリコス派閥の人間を就けたいカトリコス派は、敵対勢力である抵抗者プロテスタリー派閥の弾圧を実行へと移したのだった。


 「はぁはぁ……マズイな馬が……」


 カルヴィンが大陸中央部において唯一抵抗者プロテスタリーを標榜する国家ヘルベティア共和国を目ざしてアルプスに踏み入った頃、ここまで追っ手から逃げるために走り通しだった馬がついに動かなくなった。

 人間は疲労すれば休むが馬は限界を超えて走ってしまう。

 それをいいことに逃げるのに必死なカルヴィンは、馬を走らせ過ぎたのだった。

 

 「追っ手はっ!?」


 思わず走ってきた山道を振り返る。

 

 「まだ来ていないか……」


 自分に言い聞かせるようにカルヴィンはそう言うと一息ついた。

 だがそれも束の間、遠くの方から馬蹄の音が近づいてくるのが聞こえた。

 カルヴィンは絶望に染まった表情になると、馬に背負わせていた布の袋を大事そうに抱きながらもうすぐ夕方を迎える山道を歩き出した。

 しかしカルヴィンは徒士かち、追っ手は馬、逃亡も長くは続くはずがなかった。

 十数分のうちにカルヴィンは見つかってしまった。


 「そろそろ逃げるのをやめたらどうだ?」

 「それは……はぁ…出来ません。私は……ツヴィングリ先生の後を継がねばならないのです!」


 息も切れ切れに決然と言い放つカルヴィン。

 それを見て追っ手の男は馬上からカルヴィンを見下ろしてニヤリと口角を釣り上げた。


 「なら今すぐツヴィングリの元へ送ってやるよ」


 追っ手の男は剣を抜いた。

 そして躊躇もなく振り下ろす。


 「ひぃっ!?」


 それをすんでのところで躱したカルヴィンは地面を転がった。


 「どこまで避け続けれるかな?」


 男は、加虐心のままに剣を振り下ろす。


 「見逃してくれぇっ!」


 カルヴィンは、神に祈る心持ちで男に縋るが男はそれを蹴飛ばした。

 まさにカルヴィンは絶体絶命だった。

 そこに山道の先から騎士の一団が駆けてきた。


 「カルヴィン殿をお守りしろ!」


 その一団は各々の得物を構えるや否やカルヴィンの追っ手達へと突っ込んだ。


 「あなた達は?」


 疲れた顔でカルヴィンは、助けを差し伸べてくれた騎士を見上げる。


 「あなたの祈りが主に届いたことであなたを助けに来たのです」


 騎士はにこりと笑うとそう言うのだった――――。

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