第136話 交渉
「いつぞやの晩餐会以来ですな」
応接室に入るとそこには初老の大貴族がいた。
「言われてみればそうかもしれませんね」
彼の言ういつぞやの晩餐会とは、王太子の成人を祝う晩餐会のことで俺がぶち壊しにした晩餐会でもある。
「あの時成人を迎えた彼も既に存命ではないのだから世の中不思議なものよ、隆盛を誇ったエルンシュタットは一年足らずのうちに大陸から消え去ったのだからな」
にこやかな表情を浮かべながらヴュルツブルク公は言った。
「売られた喧嘩を買ったまでですよ。エルンシュタット王は行方知れず、亡き我が父を何故にそして如何にして奸計に嵌めたのかを未だに聞けていないのが残念ですが、とまれかくまれ仇は討ったと思っています」
これは嘘偽りのない本音だ。
元々独立する気は無かった。
父上が存命であれば、アルフォンスはエルンシュタットのために尽くしていただろう。
「我々貴族は、簡単なことでその所領を、或いは命さえも失いかねない。これは教訓にせねばならぬな」
そこで言葉を切るとヴュルツブルク公は喉を潤した。
「さて本題だが、音に聞こえる名君のアルフォンス公は、私とその家の処遇を如何にするおつもりかな?」
その話題は、ちょうどこちらからもしようと思っていた話題だった。
男爵、子爵、侯爵格の貴族であればその処遇をどうするかという点であまり頭を悩まさなくても済む。
ところがヴュルツブルク公は公爵格の貴族で所領も大きいことから、その処遇を巡って文官らも困り果てていた。
「ちょうとまその話をするべくこちらから呼ぶつもりでした」
取り潰しとなれば最悪反乱を起こされかねない。
エルンシュタット旧領の統治は順調とは言い難く盤石とは程遠い。
そしてエルンシュタット=アルフォンス戦争では多くの犠牲者を出したために兵力不足という問題もある。
反乱を起こされれば対応に困るというのが現状だった。
「聞くところによれば、取り潰しとなってる家も多いとか。我が家と領土のこと、真剣に考えてくれているようで何よりだ」
無難なところで言えば総督に据え彼の領土である一帯の管理を任せるというところだが……目の前の男は自分の兵を捨てるということを容認するのだろうか。
となれば管理は任せるという形である程度の利権を許すというのが現実的かもしれない。
「ヴュルツブルク公の治めているウンターフランケン地域は領土分割で私の支配地域となったわけですが……アルフォンス公国は封建制度国家では無いので領土内に土地を領有することは出来ません。それ故に一つ提案です」
「ほぉ……」
ヴュルツブルク公は眼鏡の位置を調節して対面に座る俺の方へ前屈みとなった。
「ウンターフランケン行政区を新しく設けヴュルツブルク公には、ウンターフランケン地域の行政管理を行ってもらいます。この際の利権及び兵の統帥権に関しては残念ながらある程度縮小せざるを得ませんが……この辺りが我がアルフォンス公国内でヴュルツブルク公爵家を存続させるための話の落とし所だと思いますが……?」
これで断られれば、大幅に利権を認めることになる。
毅然とした態度で臨みながらもある程度の妥協しながら、アルフォンス公国内で生き残る道を示す。
「認められる利権がどれほどのものであるかが気になるところだが、概ねはそれで構わない」
この条件をヴュルツブルク公は飲んだ。
思ったより素直に飲んでくれたな……。
「予想外という表情をしているな?」
「分かりますか」
「勿論だとも。もう少し儂が欲張ると思ったのだろう?」
「そうですね」
「今をときめくアルフォンス公に刃向かえるはずもあるまいて。つい先日、アルフォンス公と揉めたエルンシュタットは滅んだのだから尚更だ」
他人事のようにヴュルツブルク公は言った。
その後、詳細を詰めていったのだがヴュルツブルク公からの要求は少なくその日のうちに話は片付いた。
だが、己の利権に固執する貴族がそう簡単に利権を手放すような真似をするのだろうか……。
俺は、どこか釈然としなかった。
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