第135話 客人ヴュルツブルク公

 八月も終わりごろ、アルフォンス公国は大規模な祭典の真っ最中だった。

 シューバーファウアーと呼ばれるこの祭典は、ラクセンバーグ地域の商業発展を目指して二百年ほど前の盲目公ヨハンが領主であった頃より行われているものでアルフォンスでは最大級の規模を誇る祭典だ。

 例年ならヴェルナールも参加して楽しんでいる頃なのだが、今年はそうもいかなかった。


 「なぁ、そろそろ休憩しちゃダメか?」

 「ダメです!」


 縋るような目でノエルを見たヴェルナールだったが、にべもなく断られるとノエルが一抱えもある紙の束をヴェルナールの机の上に置いた。


 「えっと、さっきのも終わってないんだがこれは……?」

 「戦争の間に公務をサボってたんですよ?署名だったり目を通すことを必要とする書類はいくらでもあります」

 

 ほぼ一ヶ月分、公務をサボったヴェルナールには絶賛しわ寄せが来ていた。


 「とりあえずペン二本でサインしようか。ふはは、作業効率二倍で時間は半分になるぞ!」


 もう最後に休んだのはいつだっけ?となるぐらい公務に追われていたヴェルナールは虚ろな目のまま口元だけ笑うと二本のペンを持った。

 そして二枚の書類の署名欄に左右の手に持ったペンでそれぞれサインしていく。

 しかし――――


 「なんですかこれ……読めたもんじゃないのでやり直しです!」


 利き手のサインは読めてもそうじゃない方の手で書いたサインは字を覚えたての幼子が書いたような字だった。


 「ギリギリ読めると思うが……アウトか?」

 「アウトです!」

 「そうか……」


 ヴェルナールはシュンとなって項垂れるのだった。

 ヴェルナールがノエルに監視されながら反強制的に公務に取り組まされている執務室の扉を叩く者がいた。


 「はいれ」


 疲れ目を抑えながらヴェルナールが許可を出すと、入ってきたのはアンドレーだった。

 彼は、最近ヴェルナールの身辺警護役に就任していた。


 「御客人がお見えです。とりあえずは応接室に通してありますが……」

 「客人というのはどなたかな?」

 「ヴュルツブルク公です」

 「ヴュルツブルク公爵か……」


 元エルンシュタット王国の四大公爵でもある大貴族ヴュルツブルク公。

 戦後、ヴュルツブルク公爵の土地は新たにアルフォンス公国の領土となったわけで、まさにヴェルナールが抱える悩みの種でもあった。


 「あー、先送りにしたいが……」


 そう言ってノエルの表情を窺うがその表情と手に握られた指揮鞭にヴェルナールは何かを察したのか、急に威厳たっぷりの表情を作ると一言、


 「今すぐにでも会おう!」


 そう言ったのだった。

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