第134話 終結

 本隊敗走及びエルンシュタット王行方知れずの報はすぐさま両軍にもたらされた。

 祈るような気持ちでその報を待っていたヴェルナールは


 「フィリップ達がやってくれたか…」


 と胸を撫で下ろした。

 スミス川を挟んでの戦いは、アルフォンス軍の側が一気に勢いづいた。

 一方のエルンシュタット軍は、

 

 「王が死んだ!?」

 「行方不明ってのはそういう事か!?」


 と憶測が憶測を呼び、もはや統制をとるのも困難な有様だった。

 そこに激しく撃ちかけられる矢と鉛玉は容赦という言葉を知らないとばかりに、エルンシュタット兵の命を奪っていく。

 戦場はもはや一方的な虐殺の場と化していた。


 「必ず王は生きておられる!お前達、ここが正念場だ、踏ん張れ!」


 アインスバッハ侯は叱咤激励し戦闘続行を試みるも兵数が多い故に一度失った統制を取り戻すことは難しい。

 それでも自ら各部隊を回ることでいくつかの部隊の体勢を立て直すことが出来た。

 そして一旦、川岸まで兵達を退却させることを決意した。


 「一旦、最初の位置まで戻るのだ!」


 撤退命令に兵士達は我先にと踵を返したのだが、今度は味方に押され踏み倒される兵士が続出しさらなる骸を川面に晒すこととなった。


 「敵が退いていくぞ!押し出せ!体勢を立て直させるな!」


 それをヴェルナールが逃すはずもなく、今まで温存していた歩兵達に攻撃を命じた。

 押し合い圧し合いながらも逃げていくエルンシュタット兵の背中に勢いよく突き出される槍や剣。

 もはやエルンシュタット軍に勝ち目など無かった。

 さらにそこへ本隊を破ったフィリップ率いる騎兵が背後より襲いかかることによって敗北は決定的なものとなる。

 それから十数分後のことだった。

 アインスバッハ侯は、これ以上の戦闘の続行は悪戯に兵を損なうものであるとして降伏を申し出たのだった。

 その日、スミス川の水は薄い赤色でひどく鉄臭かったという記述が後世の歴史書に残るほどに夥しい死傷者を出しスミス川一帯における戦闘は終結した。


 ◆❖◇◇❖◆


 その後、エルンシュタット軍はアルフォンス公国とエルンシュタット王国との国境の山岳地帯に五千余りの残党を終結させ抵抗を試みるもアルフォンス軍、メクレンブルク軍、ファビエンヌ軍に囲まれ物資が底をつき降伏するに至った。

 ちなみにこの残党の中にエルンシュタット王の姿は無かった。

 そしてこの頃既に、エルンシュタット王国東部領では戦闘に参加せず自領に残っていた貴族らが独立をするなどし既にエルンシュタット王国は国としての実体を喪失していた。

 月が変わって八月、アルフォンス軍、メクレンブルク軍、ファビエンヌ軍の三軍連合はベルジク王国王都ブラバントを包囲下に置き(ホランド王国による海上封鎖も相まって)降伏させることに成功していた。

 その後、エルンシュタット王国及びベルジク王国の領土分割が行われ、メクレンブルク公爵はメクレンブルク公国としての独立を果たしエルンシュタット王国の東半分を治めることとなった。

 アルフォンス公国はリンブルフ州を除くベルジク王国の全土及びザールラント州を除くエルンシュタットの西側半分を領有することとなった。

 一時的にファビエンヌ伯国となっているアレクシアも領土を拡大しておりザールラント州を得たことで所領は二倍となっている。


 「むぅ〜フィリップは独立して領土を増やしたのに妾には何も無いのか?」


 酒宴の席、エレオノーラは不満そうに言った。

 

 「独立の容認には感謝しかないが、エレオノーラにはもっとよい話があるじゃないか」


 浴びる程酒を飲んでいるにも関わらず素面のままのフィリップはニヤリとして言った。

 その言葉の意図するところを察したのかエレオノーラは頬を赤らめる。


 「おいおいエレオノーラ、顔が随分と赤いな!」


 既に慣れない酒ですっかり出来上がったヴェルナールが自分のことを棚に上げてエレオノーラを指摘した。


 「こ、これは酒のせいじゃ!」


 顔を赤らめているのは、もちろんヴェルナールとの婚姻を結ぶことを意識してしまったためであるがそれを隠そうと慌てて取り繕った。


 「そうかそうかぁっ!飲み過ぎかぁっ!ヒック……ちょっと夜風に当たってくるぞぉ……」


 ヴェルナールはそう言って立ち上がろうとするが足が縺れてエレオノーラの方へと倒れかかった。

 咄嗟にそれを抱きとめるエレオノーラ。

 しかしそれがどういう状態なのかを改めて意識してしまう。

 そしてそこに注がれるオレリアの視線にも同時に気づいた。

 するとエレオノーラは、オレリアに挑戦的な視線を送るとさらに顔を赤らめながら言った。


 「妾の顔が赤いのはお主のせいじゃ!」


 そう言ってヴェルナールの唇にそっと自分の唇を押し当てた。

 トリスタンやフィリップが「やるなぁ」とその様子を見つめ、ノエルとオレリアはムッとした。

 そして当の本人は――――


 「ふがーっ」


 いびきをかいていた。

 無事に戦を終え将も兵も民も誰もが安心感、幸福感に浸るこの時間、しかしそれも長くは続かないのだとヴェルナールは理解してた。

 そしてこの領土仕置がさらなる火種となることも……。

 

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 †あとがき†


 エルンシュタットを打ち破ったことでようやく独立を果たしたわけですが、エルンシュタットを支えていた貴族の処遇、更には宗教改革の時代へと突入することで急速に領土拡大を行ったアルフォンス公国に新たな火種が生まれることとなります。

ということで次章は内政編となります。

引き続きよろしくお付き合いください


 

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