第133話 奇襲
いくつもある小高い丘を遮蔽物代わりにした騎兵の接近に気づけなかったエルンシュタット王の本隊は、上を下への大騒ぎとなった。
「メクレンブルクの犯した失態と同じではないか!?」
エルンシュタット王は、過日のグレンヴェーマハの戦いの最終局面で何が起きたのかを身をもって知ることとなった。
「北から敵勢来るぞ!槍を構えよっ!」
本隊の左右に、つまりは南北方向に左右に奇襲に備えるための歩兵部隊を配置してはいたものの、フィリップはその部隊と本隊の間を通って来たために左右の備えは機能していなかった。
「早くしろっ!」
指揮官に叱咤されてノロノロと槍を持った兵士達が移動を開始する。
ヴェルナールらのいる西の方向に向けていた歩兵達を北側に移動させるにはそれなりに時間がかかる。
フィリップ率いる騎兵がそれを待つはずは無かった。
「かかれーっ!」
「「「おぉぉぉっ!」」」
馬足を緩めることなく勢いそのままに準備の整わない歩兵達に突撃するや、次々と歩兵を跳ね飛ばしていく。
それでもなお懸命に槍を構えようとする兵もいるが中には逃げ出す兵も出る始末。
そしてそれは急速に伝播していく。
「命あっての物種だ!逃げるぞ!」
「他国で命を落としてたまるか!」
口々に勝手なことを言いながら逃げ出す兵士達。
しかしそれはエルンシュタット王も同様だった。
「このままではいかん!一度退くぞ!」
僅かな供回りとともに逃げ支度を始める王。
フィリップはそれを見逃さ無かった。
「トリスタン殿!指揮は委ねる!俺は、エルンシュタット王を!」
「心得た」
フィリップは単騎、エルンシュタット王の元へと向かう。
しかし、王の供回りはそれを許さない。
「ここを通すわけには参らぬ!」
フィリップの進路上に立ち塞がる騎兵二人。
「そこを退かねば、命を奪うことになるぞ!」
フィリップは、槍を構え馬を走らせたまま言った。
「その言葉、そのままお返しする!」
騎士二人はそう言うと馬に鞭をくれた。
「ならば押し通る!」
フィリップも言葉を返すと共に二人の騎兵との距離を詰めた。
そして両者がすれ違う――――。
プシャァッ!という音ともに片方の騎兵の国が中へと飛び上がり血飛沫が地面を赤く染める。
一方のフィリップは無傷だった。
「まだまだぁッ!」
すれ違ったもう一人の騎兵は大きく旋回してフィリップの後を追う。
しかしフィリップは、それには目もくれない。
彼は視界に馬に跨り今まさに戦場から脱出を図ろうとしているエルンシュタット王を捉えていた。
「敵がすぐそこまで来ておる!」
兵士に助けられる形で馬へと跨ったエルンシュタット王もまたフィリップの姿を捉えた。
しかしエマニュエル伯だということには気付かない。
なぜならフィリップは仮面をつけていた。
「ご無礼を!」
供回りの騎兵がそう言うとエルンシュタット王の馬の尻を槍で小突く。
すると馬は驚き
「チィッ!逃がしたか!」
エルンシュタット王を追うべくフィリップは馬に鞭をくれるが尻を槍でついた供回りの騎兵がその前に立ち塞がった。
「邪魔をするな!」
フィリップの声も虚しく、再び二人の騎兵と槍を交えることとなるのだった。
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