第132話 スミス川の戦い2

 「騎兵を前面に立て押し出せぃ!」


 アインスバッハ侯指揮の元、次々と部隊が川へと向かって走り出す。


 「援護射撃も無しか……」


 ヴェルナールは呆れながら敵陣を見つめる。

 ヴェルナールの読み通りではあるのだが――――というのもエルンシュタット軍はこの後にアルフォンス=エルンシュタット戦争の最終局面である攻城戦が控えていると思っている。

 このスミス川の戦いで、アルフォンス軍の飛び道具が少ないのであれば味方兵士に及ぶ損害は少ないので攻城戦に備えて矢は温存しておきたい、というのがエルンシュタット軍の考えであるというのがヴェルナールの予想だった。

 敵の視点に立って考えてみればその通りで、攻城戦では如何に自軍の犠牲を抑えかが大事になってくる。

 その際に必要なものといえば敵を黙らすだけの飛び道具であって湯水のように矢を消費する。

 それを見据えれば、なるべく矢を使いたくないという考えに至るのは至極当然の事だった。


 「敵勢、川の中間に到達しました!」


 既に四千のエルンシュタット兵のうち千近くが川面にいた。

 今更、退くに退けない位置まで来ている。


 「よし、全力で迎え撃て!」


 ヴェルナールの命令を受け、それまで沈黙を保っていた銃兵が木盾の上に顔を覗かせると引鉄を引いた。

 ターン、ターン、ターン!

 それまで静けさを保っていた森に響き渡る鋭い射撃音。

 その音に慌てたのか木々から鳥達が飛び立つ。

 さらに矢による追い討ちがかけられる。

 必中距離とも言える距離での攻撃にばたばたとエルンシュタット兵は倒れた。


 「なっ、敵勢は銃を持ってないのでは無かったか!?」


 慌てて周囲にいた他の指揮官を問い質すアインスバッハ侯だったが誰も知らないとばかりに口を噤んだ。


 「今さら退いては、エルンシュタットの名折れ!弓箭兵は援護しろ!」


 矢は使いたくなかったが背に腹はかえられぬとアインスバッハ侯は矢を使うことを認めた。

 しかしこれを阻止するべく動いた者達がいた。

 もちろん、ノエル達である。


 「矢が集積されてるのはあの辺だ!火矢を放て!」


 油を染み込ませた布を鏃に巻くとそれに火をつけ集積された矢に向かって火矢を放つ。

 それはヴェルナールに対しての合図でもあった。


 「ノエル達が動き出したか……弓箭兵、三射ほど急いで火矢の落ちるあたりに射込め!」


 ヴェルナールが指示を出す頃には、火矢は別の場所に降り注いでいた。


 「すわっ!?何処からの火矢だ!?」

 「熱い熱いっ!服が燃えている!?」


 火矢はアインスバッハ侯の命令を受けまさに矢を射らんとしていた弓箭兵の集団を襲っていた。

 一度に降るのは僅かに十本程だが一箇所に集まっている弓箭兵の部隊にはそれでも脅威になりえた。

 十本も放てば一本くらいは兵士の傍に或いは直接突きたつのだ。

 

 「地面に転がして火を消せ!」

 「燃え移ったぞ!」

 「矢の備蓄が燃えているぞ!」


 弓箭兵達はあっという間に大騒ぎとなった。

 そこに矢が降り注ぐ。


 「なっ!?対岸の敵が矢を放って来たぞ!」


 数百本の矢が一度きりに来襲し、少なくない損失を与えていく。

 それだけで彼らの戦意は挫けていた。


 「えぇいっ!火矢を放った曲者を探し出せ!」


 予想外の事態に苛立ちを隠さず怒鳴るようにアインスバッハ侯は指示を出す。

 その頃には既にノエル達の姿は森から消えていた。


 「なぜ上手くいかないっ!?」


 アインスバッハ侯は焦っていた。

 前回の戦に失敗したメクレンブルクが国王からどれほど冷遇されたかを彼は知っていた。

 それ故に、たとえ勝ち戦であったとしてもこのスミス川の戦いでこれ以上忸怩しくじればその後に自分がどうなるかなど簡単に予想がついた。

 彼は兵士たちや指揮官を急かし早急に川を渡らんとするもそれはヴェルナールの思うつぼだった。


 ◆❖◇◇❖◆


 「あれに見えるのが敵本隊じゃな?」

 「だろうな」


 エレオノーラとフィリップ、そしてトリスタンの率いる騎兵部隊は、エルンシュタット軍本隊の側面をとることに成功していた。


 「者共、雑魚には構うな!何としてもエルンシュタット王の首を土産にヴェルナールの元に帰還するのだ!」


 フィリップの言に騎兵達は大きく頷いた。

 そして――――


 「総員、俺に続け!」


 フィリップと胸甲騎兵を先頭に六百の騎兵が勢いよく地面を蹴った。

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