第129話 三人集まれば文殊の知恵

 結局いつになってもベッテルは帰ってこなかった。

 やはり俺自身が撤退戦の指揮をとった方が良かったのでは?という思いが今になって込み上げてくる。


 「お主、今暗いことを考えていたじゃろ?」


 そんな考えを見透かしたのかエレオノーラが言った。


 「バレたか……」

 「それなりに付き合いは長いからのぉ」

 「そうだな。殿を任せた将のことを考えていた」

 「物憂げ《あんにゅい》な気分に染まっているお主に朗報じゃ!ほれ、入れ」


 エレオノーラの手招きされて俺のよく知る人物が執務室へと入ってきた。


 「お前を助けようとしたらこのザマだ」


 自虐的に笑いながら入ってきたのは親友のフィリップだった。

 助けようとしてか……。

 その発言が公国うちの軍隊に楯突いたことの言い訳でもなければ強がりでもないことは、すぐにわかった。

 フィリップは、奇襲を成功させることで恩賞として俺の身を守ろうとしたのだと。


 「その方が楽だったかもしれん」


 お互いの立場の相違による衝突は水に流して俺とフィリップは抱擁を交わした。


 「良いのぉ男同士の熱い抱擁!」


 エレオノーラが何かを口走っているが気づかない振りをした。


 「それはそうとフィリップも妾と共に戦う旨を約束してくれた。四百の兵士のオマケ付きでな。フィリップを打ち破った上に味方につけた妾を褒めてたもれ!」


 エレオノーラは、ちょんちょんと頭を指さした。

 撫でろってことか?


 「よしよしーさすがはエレオノーラちゃんでちゅねー」

 「全くもって慰労と感謝の念を感じないのじゃが?」


 不満そうにこっちを見上げたので


 「ありがとうな。助かった」


 頭を下げて真面目に礼を述べた。


 「この一国の主をかしずかせる気分、堪らんのぉ!」


 ところがエレオノーラというのはこういう性格だったのを忘れていた。

 褒められたり煽てられるとすぐ調子に乗る。


 「別に傅いちゃいないん――――」

 「妾を妻にしたくなったろう?ん?ん?どうじゃ?」


 コイツは自分で何を言ってるのかわかっているのだろうか。

 

 「それはうちの妹が怒りそうだな」

 「ブリジットもヴェルナール狙いなのじゃな?」


 俺一人を蚊帳の外にしてエレオノーラとフィリップで盛り上がっていく。


 「それは困りましたね」


 そこに一人の女性が現れる。

 現ヴァロワ王であるセルジュの妹、オレリアだ。


 「私も兄から未来の夫となる可能性がある人物を見定めてこいと言われているのですが?」


 エレオノーラとフィリップの視線がオレリアへと向く。


 「む、誰じゃ?」

 「これまたすこぶる美人だな……」


 二人が二様の反応をする。


 「ヴァロワ王セルジュの妹、オレリアです。以後お見知りおきを」


 オレリアはそう言って淑女然としたお辞儀をしてみせた。


 「お、おいっ!?あのような女子おなごといつ知りおうたのじゃ!?」


 く、苦しい……。

 エレオノーラが胸ぐらを掴みながら問い掛けてくる。


 「エレオノーラより貴族令嬢してるのは間違いないな……女子力じゃ、間違いなく敗北だ……」


 フィリップの言葉を聞いてエレオノーラはぐわっとフィリップを睨みつけた。


 「まぁ、とにかく三人集まれば文殊の知恵だ。これよりは手を取り合って我々の勝利で戦争終結を迎えられるよう頑張っていこうな!」


 とにかくこの気まずい空気を変えようとそう言ったが


 「妾の質問に答えぬか!?」

 「いつどこで出会ったか……つまりは私とヴェルナール殿の馴れ初めを聞きたいということですか?」

 「な、馴れ初め!?」


 こんな具合でオレリアが火に油を注ぐからいつまでたっても話は纏まりそうになかった。

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