第127話 別れ


 「数が多すぎるっ!」


 メクレンブルクが裏切り、シェンゲン方面からアルフォンスを支援するファビエンヌ伯爵の部隊に攻められたエルンシュタット軍は、午後から総攻撃に転じていた。


 「北プロシャの人間を送ったのが良くなかったかもしれません」

 「確かにそうだな。追い詰め過ぎると逆に反撃するということもあるしな……窮鼠猫を噛むだったか?」

 「この場合、どちらが窮鼠か分かりませんけどね」


 ノエルが鈴が転がるような声音で笑いながら言った。


 「それもそうか……」


 対してヴェルナールは溜息を吐く。

 戦況は、刻一刻とアルフォンス軍の不利になって来ていた。

 エルンシュタット軍は、アレクシアの部隊に対して千五百余り、メクレンブルクに対して三千余りの兵をそれぞれ押さえとして配置すると残りの六千余りの兵をグレンヴェーマハへと全て投じたのだ。

 アルフォンス軍も三千余りの兵で守りを固めていたが既にかなりの損失を出しており疲弊している。


 「ここを破らば我らの勝ちぞ!」

 「それ、突けや突けぇっ!」


 もはや戦術も何もかもをかなぐり捨てて自暴自棄とも思える力押しの総攻撃は、兵力差故の勝てるという自信がエルンシュタット兵を戦場へと駆り立てるのか、アルフォンス軍の設けた陣地を次々に落としていた。


 「怯まず放てぇ!」


 ターン、ターン、ターン!

 陣地へと張りついたエルンシュタット軍に至近距離で容赦ない銃撃が浴びせられるが、撃ち切ったと判断するとエルンシュタット兵は得物を構えて走り出す。


 「仲間の仇っ!」

 「推し潰せっ!」


 そして白兵戦が始まった。

 

 「死守しろ!」

 「守り抜け!」


 アルフォンス兵は懸命に槍を突き出す。

 しかし突き出した槍の数よりも突き出された槍の数の方が多かった。

 白兵戦においては、数の有利がものを言う。

 いかにアルフォンス兵が経験豊富で練度が高くても二倍を越す兵力を相手にしては優位に立てない。


 「これで三つ目の陣地が抜かれたか」


 眼下の戦場を見下ろしながら、ヴェルナールは淡々と言った。

 

 「ノエル、どれほどの犠牲が出た?」

 「はい、現時点で負傷者を含むと八百程度かと……」

 

 三千の軍勢はもはや二千近くにまで減っていた。

 

 「確実に敵にそれ以上の損失を与えているにしても、このままでは敗北必至なことに変わりないか……大軍に兵法無しとはよく言ったものだな」

 「閣下、我々にはまだ防衛拠点が残っております」


 ノエルは撤退を進言した。

 

 「閣下、ノエル殿の言う通りここは一旦退きましょう!」

 「そうしよう。姉上やメクレンブルクにシェンゲン経由で使者を走らせろ」

 「閣下、殿しんがりはこのベッテルにおまかせあれ」


 ベッテルは眦を決して言った。

 その言葉に、ヴェルナールはしばらくの間の重たい沈黙を返す。


 「それがどういう意味かわかるっているのか?」


 ヴェルナールの問いかけにベッテルは頷いた。

 「先陣と殿は武人の誉れ。見事に果たしてみせましょうぞ」


 撤退戦において誰かが果たさなければならない役割、しかし死の危険性が高い役割でもあった。


 「そうか……」

 「何を残念そうな顔をすることがありましょうか、無事に任を果たしてみせますとも」


 ベッテルは笑ったまま言った。

 もちろんベッテルは生還を果たせるとは思ってはいない。

 この兵力差での殿に、生還は諦めていた。

 それでも名乗り出たのは、野戦の得意な者でなければこの殿を果たせないと判断したからだった。

 騎兵はトリスタン、歩兵ではベッテルという言わばアルフォンス軍の中核であるから彼には自分をさしおいて他に誰が務めるのかという矜恃プライドのようなものがあった。


 「五百の兵を預ける。少なくてすまない」


 ヴェルナールは、申し訳なさそうに言った。

 

 「それだけ頂ければ十分。それでは行ってまいります」


 最後まで笑顔のままベッテルはヴェルナールの前から去っていった。

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