第125話 メクレンブルク公、動く

 「敵の残党が西へと向かいましたが追いますか?」

 「放っておけ」

 

 メクレンブルクは、これでいいのだと頷いた。

 エルンシュタット王国王都であるアムマインに立つのはエルンシュタット王家の旗ではなくメクレンブルク公爵家の紋章の旗であった。

 エルンシュタット軍がモーゼル川を挟んで戦闘を開始した朝、ほぼ時を同じくしてメクレンブルク公爵の率いる二千二百程の部隊は、「王都の守備」と称してアムマインへと入り王宮や城、行政施設の占領を行った。

 八百の守備隊がいたが味方のはずのメクレンブルク勢に襲われ瞬く間に壊滅するに至った。


 「貴方は我がエルンシュタット王家に仕える貴族では無いのですか!?恩を仇で返すとは……この佞臣めが!」


 当代のエルンシュタット王妃であるヘルミーネがメクレンブルクを罵った。


 「昨年、目先の利に目が暗みアルフォンス公を罠に嵌めた臣下を大切にしない王族はどこの誰でしょうな」

 「なっ……このエルンシュタット王妃ヘルミーネに対し何という者の言い様か!?」


 痛い所を突かれたヘルミーネは苦し紛れに言った。


 「自分の置かれた立場をお気づきでないようだ。者共、 この者らを丁重に幽閉して監視しておけ!」


 メクレンブルクは王宮にいた王族をそれぞれの居室に幽閉した。

 今後、エルンシュタット王国軍が王都奪還に動けば人質として使うことを視野に入れての行動だった。


 「アムマインの全主要施設の掌握が完了しました」

 「ご苦労」


 報告に来た家臣を労うとメクレンブルクは次の行動を決めた。


 「アムマインを占拠したのでアルフォンス公のお手並み拝見……と行きたいところだが仮にもアルフォンス公が負けたとなれば我々の首が危うい。西へ急ぐぞ!」


 一戦を終えたメクレンブルク勢は五百余りの部隊を残すと街道を西へと進み始めた。


 ◆❖◇◇❖◆


 正午を過ぎた頃、二つの報告がエルンシュタット王や付き従う諸貴族達の心胆を寒からしめた。

 一つはシェンゲン方面に新たに千ほどの敵勢が出現したこと。

 そして二つ目はまさかの王都アムマインが味方のはずのメクレンブルク公により占拠されたことだった。


 「チッ……アルフォンスの若造めっ!ヴァロワだけでなくメクレンブルクとまで組みおったか!」


 大天幕内に気まずい空気が漂う。

 その場の誰も王の癇癪に触れぬよう顔を伏せ、ただ黙り続けた。

 だが胸中では、誰もが危機感を抱いていた。

 既にこの戦争はアルフォンスと大陸中央同盟だけの者では無いのだと。

 ヴァロワという大国に加え味方に裏切った大貴族がいるという状況。

 さらにもう一つの報告がもたらされることによって彼らの焦燥感に拍車がかかることになる。

 

 「申し上げます!北プロシャ選帝侯より使いの者が来ております」

 「……後にしろ」

 「い、いえ、今すぐにも伝えたい火急の件があると申しておりましてっ!」


 使者の来訪を告げる若い青年は、おっかなびっくり言った。


 「ならば通せ。だが大事な話でないようであればお主の首、描き切って捨ててくれるわ」

 

 面白くない二つの話が舞い込んできたエルンシュタット王が不機嫌そうに言うと、青年は逃げるように天幕を出て北プロシャ選帝侯からの使者を自らの身代わりとばかりに大天幕へと押し込むのだった。


 「お目通り、感謝致します」


 使者は物腰柔らかな初老の男だった。


 「口上は要らぬ。用件を手短に申せ」 

 

 肘置きに肘をついたままエルンシュタット王は顎をしゃくって話すよう促した。


 「では手短に申し上げましょう。昨日、我が軍及びベルジク軍は、アルフォンス軍に対して大敗北を喫しました」


 感情も抑揚もない声でもたらされた情報にエルンシュタット王は言葉を失った。


 「それでは私は主より任された勤めを果たしましたので失礼させていただきます」


 大天幕の外で青年と王とのやり取りを聞いていた使者の男は、ここにいては命が幾つあっても足りないと許可を得ることも無くそそくさと大天幕から立ち去った。


 「おのれおのれおのれ!どいつもこいつもまるで使えない奴らばかりぞっ!」


 その背中に響くしわがれた猿叫のような声。

 それに肩を竦ませながら初老の男は、馬に跨るやへと駆け出した。

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