第123話 フィリップvsエレオノーラ

 「ざっと七百といったところでしょうな」


 エレオノーラの隣、矍鑠かくしゃくとした老将は、孫娘ほどの大将に報告した。


 「混成部隊かの?」

 「いえ、規模から言えば直率部隊だけでしょうな」

 「付け入る隙はなさそうじゃな」


 目を細めてエレオノーラは前方に展開するフィリップの部隊を見つめて淡々と分析した。

 ナミュールを巡る戦闘では、北プロシャ選帝侯とベルジクの連合軍であるが故に生じる隙をついて勝利を収めた。

 しかし目前の敵部隊はフィリップの直卒部隊で、フィリップの指示が通りやすいことからもエレオノーラは強敵と判断したのだ。


 「まずはひと当てしてみようかの。銃騎兵は有効射程距離まで前進して発砲の後に離脱。これを敵が痺れをきらすまで繰り返すのじゃ!」


 僅か百騎の銃騎兵が三列の横隊を組むと駆け出した。


 「どう出るか見ものじゃのぉ」


 心底楽しそうな顔をして戦場を見つめるエレオノーラの姿は、トリスタンの目にはヴェルナールと重なって見えた。

 そしてこうも思った。

 ヴェルナールとエレオノーラが一緒になれば益々楽しくなっていくだろうと。


 「えぇ、これからが楽しみですな……」

 「うむうむ」


 そんなトリスタンの考えは、エレオノーラに分かるはずもなかった。


 「むっ……騎兵か?だが槍を持っていないな」


 ヴェルナールが考案したばかりの新兵科である銃騎兵の存在を知らないフィリップは、首を捻った。


 「前衛は、槍を構えて騎兵突撃に備えろっ!」

 

 まだ一戦もしていないフィリップの部隊は、士気が高く即座に命令を行動に移した。

 来るならこい!と槍を構えた歩兵の誰もがそう思った。

 だがアルフォンスの騎兵はエマニュエル勢の予想を裏切り、七十メートル程の距離を置いたところで停止した。

 そして騎兵に似合う槍ではなく銃を構えたのだ。


 「まずい……ッ!」


 フィリップが銃に気付いた時には遅かった。

 ズダーン、ズダーン、ズダーンと雷鳴を思わせる轟音が響いた。


 「は、腹が熱い……ッ」

 「あ……ぁ……俺の腕が……」


 体を貫通しない銃弾は、当たれば確実に重症を与えた。

 前衛の歩兵は、槍を落とし多数がその場で蹲った。

 入れ替わりで三列の銃騎兵は撃ち終えると、その場を離脱していく。

 慌てて弓箭兵が矢を放つが、敵は離脱を図っており虚しく地面に突き立つだけだった。


 「完全に出鼻をくじかれたな……」


 ため息混じりにフィリップは言ったが、その瞳は光を宿していた。

 

 「傷を負った者は後ろに下げろ!次はこちらから仕掛ける!」


 フィリップは、気持ちを切り替えると即座に指示を飛ばした。

 

 「騎兵部隊を先頭に立てて敵陣に雪崩込むぞ!歩兵は方形陣を構築し騎兵に続け!」


 距離を置けばマスケット銃の命中率はそこまで高くない上に、撃ち切った後が隙であることをフィリップは一度の接敵で見抜いたのだ。


 「胸甲騎兵、抜刀!」

 「「おぉぉぉぅっ!」」


 声高らかにエマニュエル伯爵家が誇る精鋭の胸甲騎兵が剣を突き上げた――――。

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