第122話 フィリップの思い

 「さすがに余裕はないか……」

 

 フィリップは、独りごちた。

 彼がエルンシュタット王に直談判して実行に漕ぎ着けたクレルヴォー方面からの奇襲攻撃。

 敵同士という立場になってまで、ヴェルナールを助けたいその一心で実行に移したのだった。

 奇襲攻撃成功のあかつきには望みの恩賞をやろうというエルンシュタット王からの約束を引き出したフィリップは、恩賞としてヴェルナールと妹のレティシアを救い出す算段でいた。

 

 「すまんが許せよ……ヴェルナール」


 フィリップは手網を握る手に力を入れた。

 クレルヴォーを抜けて南下すること一時間あまり、アルフォンス公国中心部であるラクセンバーグ盆地への侵入を果たした。


 「お前達も歩き疲れただろう、小休止を取る」


 フィリップが休むよう命じると兵士達は、道の両側へと散らばり思い思いの姿勢で疲れた体を休ませた。

 しかしそれは、束の間の休息でしかなかった。


 「前方より騎兵、来ます!」


 異変に気付いた兵士が声を上げる。


 「もう対応してきたか!?」


 フィリップは、ガバッと起き上がるとラクセンバーグへと続く街道の先を見た。

 駒音も高らかに駆け寄るってくるのは二、三騎の騎兵だ。


 「慌てるな!敵の斥候だ!」


 兵達を落ち着かせるためにフィリップは、大声で叫ぶ。


 「弓を持ってる者は、敵の斥候を追い払え!」


 三騎の騎兵に対し散発的に矢が放たれた。

 有効射程距離では無いため、放たれた矢が当たることはない。

 だが、追い払うという点においてはそれで十分だった。

 三騎の騎兵は、頷き合うと踵を返して来た道を引き返していく。


 「ヴェルナール、どう出るつもりだ……?」


 もしかしたら迎撃の準備があると見せかけるためのブラフかもしれないし、或いは本当に迎撃を行うのかもしれない。

 フィリップはそう考えたが絞りきることは出来なかった。

 しかし自信を無くすようなことはしない。

 なぜなら自軍と同等かそれ以上の戦力を迎撃に割くことが出来ないのは確定しているからだ。

 故にフィリップは、どちらに転んでも勝てると踏んだ。


 ◆❖◇◇❖◆


 「敵勢、既にラクセンバーグ盆地へと進出しておりました」

 「うむ、ご苦労じゃった」


 斥候からの報告を受けたエレオノーラは、満足気な表情を浮かべた。


 「どうやら、お主ら騎兵が得意の地形で戦えそうじゃな」

 「未来の閣下の妻となるエレオノーラ殿下のために全力を尽くしましょう」


 トリスタンがそう言ってエレオノーラに微笑みかけると


 「み、未来の妻か……責任重大じゃな」


 エレオノーラは、満更でもなさそうに顔を赤らめて言った。


 「大陸一の切れ者夫婦になるかもしれませんな」

 「おぉ……それは良いのじゃ」


 緊張を解すためのトリスタンなりの気遣いは、エレオノーラを含め付き従う兵たちの緊張を解した。

 

 「よし、皆の者!ヴェルナールの未来の妻となる妾のために勝利を捧げるのじゃ!」

 「「「おぉぉぉぉっ!」」」


 それが実現するか否かなどということはどうでもよかった。

 一丸となって戦おうというエレオノーラの言葉に、四百の兵士達は喚声を上げるのだった。

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