第118話 影武者

 「逃すな!撃てぇ!」


 ターン、ターン、ターン

 散発的な銃声に数人のベルジク騎兵が倒れた。

 

 「敵勢、構わず突撃して来ます!」

 「応戦しろ!」

 

 もと軽騎兵だった彼らは、銃をホルダーにしまうと剣を抜き迫り来るベルジク兵達と渡り合う。

 

 「兵が足りないっ!」

 「押され気味だ!」


 銃騎兵の射撃を浴びながらボードゥヴァンを守るベルジク騎兵達は懸命に槍を振るい包囲網を突き崩しつつあった。

 いかに精強なアルフォンス兵であっても数で優る死兵と化したベルジク騎兵に分があるのだ。

 アルフォンス兵一人が倒れるとその場所にベルジク騎兵が集中し強引に突破を図る。

 そのために一度開いた穴は塞がらなかった。


 「逃すな、追え!」


 ヴェルナールが叱咤激励して、十数人供回りと共にどうにかボードゥヴァンを守りながら逃げるベルジク兵の一団の背中へと喰らいついた。


 「雑魚には構うな!狙うはボードゥヴァンの身柄のみ!」

 

 ヴェルナール達は、槍で次々とベルジク騎兵を馬上から払い落とし、或いは突き落としているがボードゥヴァンの集団は一向に止まる気配を見せない。

 それどころか、何騎かの騎兵が踵を返し槍をつけてくる。

 

 「お前らに関わっている時間は無い!退け!」


 速度を落とさずそのままに、ベルジク騎兵の中へとヴェルナールは身を躍らせた。

 後続する十数騎の供回りもベルジク騎兵を適当にあしらいヴェルナールに倣う。


 「死ねぇっ!」


 裂帛の気合いと共に突き出された槍を、ヴェルナールは自らの槍でいなすと素早く、相手の肩を払った。


 「ぬおっ!?」


 肩を払われ脱臼したベルジク兵は、槍を取り落とす。

 その両脇をヴェルナールの供回りが、まるで誰もいないかのように通過していく。

 そして、ヴェルナールは視界のうちに一際煌びやかな甲冑を捉えた。


 「ボードゥヴァン王、待たれよ!」


 一層厚くなるベルジク騎兵の壁を、十数人の供回りと共にその槍でこじ開ける。

 そしてヴェルナールの槍の穂先がボードゥヴァンの背へと届こうとしたとき――――振り向いたその顔は野心家ボードゥヴァンのものではなかった。


 「一杯食わされたか!!」


 騙された自分の不手際に対しての苛立ちからか、ヴェルナールはボードゥヴァンの影武者を串刺しにした。


 「急いで、街へ引き返すぞ!」

 「「ははっ!」」

 

 ヴェルナールは、急いで街へと引き返したがその頃には既にボードヴァンの姿はナミュールになかった。

 その日のうちに、ナミュールにいたベルジク軍及び北プロシャ選帝侯軍は降伏し北プロシャ選帝侯ラウエンブルク侯爵の身柄を確保したのだった。

 ミーヌ炭鉱に攻め込んだベルジク軍は、ナミュールが落ちたことに加えボードゥヴァンが逃亡したことを伝えると戦意を喪失し投降する道を選んだ。

 投降した兵士達は武装解除を行い当面の間、アルフォンス公国内で捕虜として留め置かれることになったのだが、今ひとつボードゥヴァンを取り逃がしたヴェルナールの気分は晴れなかった。

 

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