第119話 アレクシア参陣
「ヴェルナール、戻ったか!」
アレクシアは勝手知ったるクーヴァン城の執務室でヴェルナールの帰りを待っていた。
「久しぶりです、姉上」
「あら、私のことは無視ですの?」
執務室にはアレクシアの他にもう一人、ヴェルナールの知る女性がいた。
「これは失礼、オレリア殿も益々美しくなったようで何よりです」
「ふふ、社交辞令でしょうがその言葉、受け取っておきましょう」
一通り挨拶を交わしたところでアレクシアは、真剣な眼差しとなった。
「ヴェルナール、よく聞け。実は私は今、ヴァロワ朝の貴族では無い」
「それはどういう意味でしょうか?」
アレクシアは、オレリアに視線を送り続きを話すよう促した。
「恥ずかしながら、兄にはこちらに援兵を送る余裕がないのです」
「問題となっているのは、シャルル皇子ですか?」
「えぇ、その通りです。こともあろうにシャルルは、ヒスパーニャの助力を得て一方的な独立宣言をしたんですの」
ヴェルナールは、どこかで見た光景だなと思ったがそれを口にはしなかった。
「他にも理由は、いくらでもありますが兄は、これ以上戦争を拡大させないためにファビエンヌ伯を一時的に独立させ、ヴェルナール殿の支援に充てることにしたのです」
オレリアは、セルジュは精一杯努力してるのだとその行動を庇うように言った。
セルジュからすれば、アルフォンス公国が敗北した場合、支援していたファビエンヌ伯国の責任であるからヴァロワ朝は火の粉を被らずに済むというわけであった。
一見、勝手なように見えてしかしよく考えられた方策だとヴェルナールは納得した。
「セルジュ殿の成長を感じるな」
「そうなのですか?」
「一計を案じることができるくらいには」
そう言ってヴェルナールは微笑んだ。
「兎にも角にも姉上の援兵には感謝の念が絶えません」
「と言っても率いて来れたのは千程度だから過度な期待はしないでくれよ?」
「千もあれば出来ることはいくらでもありますよ」
ボードゥヴァンを取り逃したことで曇っていたヴェルナールの表情もすっかり晴れやかになっていた。
「そうか。で、現在の戦況は?」
「どうにか持ち堪えていると言った所でしょうか。開戦時、敵の兵力は一万八千強に対して味方は五千程度でした。しかしナミュールを巡る戦闘で敵兵力は、一万四千程度まで落ち込みました。加えて味方の兵力は姉上の軍勢が到着したことにより五千五百程度まで増えました」
今日の戦闘だけで、敵を大きく削っていたが同時に味方にも無視できない数の犠牲が出ていた。
一日の戦闘で死傷者数五百というのは全軍の一割に相当し、それなりに痛手だった。
「それでも絶望的だな」
アレクシアは溜め息混じりに言ったが、特に気負うわけでもなかった。
「とりあえずのところは、千二程の軍勢をアルデュイナの森に配置して残りの三千程度でグレンヴェーマハ一帯を守らせています」
「私も手勢と一緒にそこに加わればよいか?」
「それでも良いのですが、やはり敵の注意を分散させることが望ましいと思います」
「シェンゲンか?」
アレクシアの言うシェンゲンというのは、アルフォンス公国とファビエンヌ伯領の境にあるエルンシュタットへと抜ける細道のことだ。
ちなみにシェンゲンはアルフォンス公国最南端の街である。
「その通りです。今夜より姉上の部隊にはシェンゲンを通ってエルンシュタットに進出し新たな戦線を構築して欲しいのです」
「維持が難しい場合は退くぞ?」
「構いません。シェンゲンを防衛拠点にして戦闘してください」
「わかった」
二人が今後の戦略を練り上げたところでオレリアが遠慮がちに言った。
「私にも何か手伝えることはなくて?」
ヴァロワ朝を代表する形でやってきたオレリアにとって何もしないというのは不服だった。
「そうですね……では、オレリア殿の従者達と共に捕虜を見張って貰えるでしょうか?」
「捕虜?」
「今日の戦闘でかなりの捕虜ができまして……」
「どうやったらいいかは分からないですが、従者達と相談しながらやってみますわ」 「よろしくお願いします」
ボードゥヴァンが生きている以上、捉えた敵軍の兵士達を返すわけにもいかず仕方なく捕虜としたのだ。
他に手が回る者がいないからと頼んだはいいが、はたして捕虜の管理をオレリアがうまくできるのだろうかと疑問を抱きながらヴェルナールは、丁寧に頭を下げるのだった。
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