第117話 ナミュール決戦
「前方で道を塞ぐ者がいます!」
「どこの誰かは知らぬが、即刻その場を退け!」
四騎のベルジク騎兵が砂塵をまきあげながら疾走していると、胸甲さえ纏わず手甲だけを防具として纏った二人が道を塞いでいた。
その二人組みは、ベルジク騎兵の恐喝に対しても一切動じた様子をみせないどころか、それぞれに得物を構えた。
「我々に抵抗するつもりか!?さてはアルフォンスの手の者か!?」
減速しながら問い掛けたベルジク騎兵に対しての返答は、死だった。
ノエルが引き絞った弦から指を離すと勢いよく矢が放たれた。
そして狙い
「おのれ小娘が!手加減はせんぞ!」
いきり立った三騎の騎兵が一気に間合いを詰めようと姿勢を低くしながら馬に鞭をくれる。
ノエルは冷静に目にも止まらぬ速さで番えた矢を放った。
「なんのこれしき!」
狙いを定められた騎兵は、左手に持った盾でその矢を弾いた。
「チッ……」
ノエルは小さく舌打ちをするとなんの惜しげもなく弓を放り投げて剣を抜いた。
ノエルの部下もそれに習って剣を抜く。
「喰らえやぁっ!」
騎兵の一人がノエルへと斬り掛かる。
確実にその命を奪ったと思った瞬間だった―――――騎兵の視界からノエルの姿が消えた。
「どこへ消えやがった!?」
慌ててノエルを探す騎兵、
「後ろだ」
酷く冷たい声が耳元で聞こえたかと思うと、騎兵は首を掻き切られた。
ノエルは飛び上がり空中で軽やかに一回転すると騎兵の後ろに着地していたのだった。
その間にノエルの部下がすれ違いざまに一騎を討ち取っていた。
だが、敵の騎兵は四騎いた。
残りの一騎は、ノエル達が二騎を討ち取るうちにその場を駆け抜けていた。
「逃すわけにはいかない!」
ノエルは、さっき放り投げた弓を拾うと即座に矢を番えて、騎兵の背中へと矢を放った。
そして寸刻の後、騎兵は落馬した。
◆❖◇◇❖◆
突出した敵部隊を騎兵で囲んで叩いていたところに、エレオノーラ率いる部隊が到着したことで戦況は再びこちら側が有利となった。
既に無視できない犠牲が出ているが、一気呵成に畳み掛け序盤の優勢を揺るぎないものにするべきか……。
「全隊に通達、街に残る敵を駆逐しろ!」
東側の国境にいるエルンシュタットへの応戦に集中するためにも、ベルジク軍や北プロシャ選帝侯軍との戦いに時間をかけるわけにはいかない。
「このタイミングで戻って来たのは、ありがたいな」
「これほどまでに機を見るに敏とは……さすがは、閣下の親友であらせられる」
アンドレーがエレオノーラを褒めそやした。
アンドレーの言う通りで、エレオノーラの来援は決定打になったと言ってもいい。
ナミュールを巡る戦闘が始まった時の兵力は二千対二千五百だった。
五百の兵力差はあれ、勢いと突破力で優る
損害の度合いは敵の方が大きくても、
だが、そこにエレオノーラの軍勢が来援したことで兵力で優位になったのは
後は囲んで叩けば、そのうち敵は音を上げるだろうという寸法だ。
もっとも、じっくりやっている暇はないから手を休めず苛烈な攻めを続けさせている。
「閣下、あれを!」
そんなことを考えていると、アンドレーが遠くを指さした。
「逃げるつもりか!?」
目を凝らして見つめるとベルジク兵の一団が、包囲網を脱しようと北へと向かって動き始めたが見えた。
「追うぞ!」
「いや、しかしここに誰かがいないと伝令の兵士が困ります!」
「それもそうだな……よし、お前が残れ」
脱出を図ろうとしている一団は、大将旗を掲げている訳では無かったが間違いなくボードゥヴァンだという確信がどこかにあった。
「え!?私では閣下の代理は務まりませんよ!?」
「俺がボードゥヴァンの追撃に向かったことを伝令に伝えればいい。後は頼んだ」
だいぶ無責任だとは思ったが、
彼奴さえ捕まえれば、これ以上の戦闘は避けることができるのだ。
それ故に自ら追撃の指揮を執ることにしたのだ。
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