第116話 ナミュール決戦

 城塞都市でもないナミュールの街は、簡単にアルフォンス軍の侵入を許した。

 おまけに守るのは、一つの勢力ではなく二つの勢力。

 互いの意思の疎通を図ることもそう簡単ではなく、双方の兵力差からしてどちらを主軍とするのか、片や総軍の過半を占め片やナミュールに残留した軍の過半を占めるという状況だ。

 どういう風な分担で守るのかなど、考えるべきことは多かった。

 結果として独立した個々の部隊で統制もとれず戦うことになり、折角の兵力差は活かせない。

 街の外縁でアルフォンス軍を迎え撃つべきところを簡単に突破を許し、一部部隊に至っては壊走していた。


 「後ろから回り込まれてるだと!?」

 「どこから湧いてでた!?」


 さらに、敵の後背を突く形で銃騎兵が、鉛玉を浴びせる。


 「敵は、連発できないはずだ!」

 「撃ちきった今が好機ぞ!」


 銃の存在を知る指揮官が銃兵の隙を見抜いて指示を出すのだがただの銃兵ではなく銃騎兵だ、銃を撃ちきったからといって隙はなかった。

 

 「突撃に移行し、しかる後に反転、再装填を行う!」

 

 三百の銃騎兵はホルダーに銃を突っ込むと、剣を抜いた。

 そして馬に鞭をくれるやいなや、狼狽えるベルジク兵へと突貫した。

 四方八方よりアルフォンス軍に攻め立てられるベルジク軍や北プロシャ選帝侯軍ではあるが兵数差がある分、余裕をもってアルフォンス軍の攻撃を吸収している。


 「威力が鈍ったか?」

 「このまま行けばこちらの損害が増えるのではと愚考致しまする」

 「そうか」


 ヴェルナールは、身辺警護を務めるアンドレーと短く言葉を交わすと


 「遠い部隊から順に退却するよう全隊に通達してくれ」


 より敵陣深くにいる部隊から退却させることにより、敵中孤立を防ぎ一兵でも多く生還させようという考えだった。

 

 「御意」


 ヴェルナールの供回りの十数人のうちから、各隊へと伝令兵が走り粛々と退却が始まった。

 退却をどれだけ上手くやれるかによって犠牲者数は大きく異なるため、ヴェルナールは見渡しのきく高所に立つとナミュールの市街地にいる自軍の動きを見ながら細やかに指示を出した。

 やがて最後の一隊が退却に移るとヴェルナールは追加の指示を出した。

 

 「重騎兵及び銃騎兵は、突撃の用意をしろ。銃騎兵は横列十人として横隊を組み、重騎兵はその後ろにつけ。敵前にて弾を撃ち次第、銃騎兵は左右に避け遊撃戦に移れ」


 ヴェルナールは、敵軍に起きつつある動きを見逃さなかった。


 「敵が退いていくぞ!」

 「それ、突けや突け!」

 「背中を見せた今が狙い目ぞ!山津波の如く押しだせ!」


 殿しんがりとなったアルフォンス軍の一隊に追い縋るようにベルジク軍が群がっているのだ。

 また一人、また一人とアルフォンス軍兵士がベルジク兵の槍の穂先の餌食となっていく。

 倒れた兵士は見るも無惨に、抵抗も出来ぬままベルジク軍兵士達の暴力のはけ口となるのだった。

 しかし、これはヴェルナールにとっては好機でもあった。

 殿の一隊を餌として敵勢を誘き出し、街からある程度距離を置いたところで騎兵による攻撃を行うことにより確実に出てきた敵を全滅させることが出来るのだ。

 そのためにヴェルナールは、騎兵部隊を準備させていた。


 「そろそろ良き頃合いですな」


 退却を終えヴェルナールの元に戻って来たトリスタンが息も切らさず言った。

 

 「もう一仕事してくれるか?」

 

 老いたトリスタンを慮って、ヴェルナールが気遣うと


 「そんじょそこらの老人と一緒にせんでくだされ」


 トリスタンは笑いながらそう言って再び馬上の人となった。

 そして――――


 「殿を襲う憎き奴らに今一度、突撃を馳走するぞ!」


 意気軒昂に大音声だいおんじょうを上げると自ら先頭にたち山を下っていくのだった。


 「頼もしい限りだ」


 ヴェルナールは、その後ろ姿を見送りながらそう思うのだった。

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