第112話 前夜

 「間諜より得た情報を共有させていただきます」


 エレオノーラが来たその日の夕刻、エレオノーラが参加する形で軍議を行うこととなった。


 「ベルジク王都を進発せる軍勢は、ベルジク軍五千及び北プロシャ選帝侯麾下の千五百。そしてアムマインに集結中のエルンシュタット軍ですが規模は、既に一万二千となっております」


 ノエルの報告に居合わせた指揮官一同がどよめいた。


 「な、敵は総軍で二万と申されるか!?」

 「アルフォンス公国始まって史上類を見ない大戦だ……」

 

 かき集めた二万という軍勢には、ベルジクとエルンシュタットの本気が感じられた。

 ベルジクからすれば、ナミュール州を取り返したいし、今までヴェルナールに辛酸を舐めさせられたボードゥヴァンは、ここでヴェルナールの息の根を止めたいと思っている。

 一方のエルンシュタットも多数の街道が通るアルフォンス公国領は魅力的であるし、ベルジクを介して海運貿易を得ることを視野に入れていた。

 北プロシャ選帝侯の参戦理由は謎だったが、ともかくベルジクとエルンシュタットの二勢力にとってアルフォンスを下すことにより得る利益は莫大なものだった。


 「まぁ考えようによっては、喜ばしいな」


 ヴェルナールは、内心慌てていたが家臣達の前で狼狽を露わにするわけにもいかず飄々としていた。


 「それはどういう意味で?」


 ジルベルトが家臣達の思いを代弁して問うと


 「それだけ、我が国に価値があるということだ。価値がなければ奪い取ろうなどと考えはしない。この国に、お前達がいて盛り立てて来たからこそのことだ」


 ヴェルナールの内心を見透かしたトリスタンやエレオノーラ、果てはノエルまでもが口元を押さえてゲラゲラ笑っているが、他の家臣達は真面目な顔だ。


 「ここで、この価値を守りきれるかはお前達の双肩に懸かっている言っても過言ではない。全員必勝の気概を持ってこの戦に臨め」


 ヴェルナールが、訓示にも似た言葉を言い終えると、家臣達の動揺はなりを潜めた。


 「それに我々の応援に、こうしてカロリングの皇族が来てくれている」

 

 家臣達の目が一斉にヴェルナールの隣に座るエレオノーラへと向いた。


 「妾の荷が勝ちすぎる気がするのじゃが……」


 とんでもないとエレオノーラは首を竦める。


 「というわけで、今回の作戦についての説明に移ろう」

 「妾の扱い、雑じゃないかの……?」


 そんなエレオノーラを尻目にヴェルナールは軍議を進めていく。


 「最初に敵軍の動きであるが、エルンシュタット軍の動きはおそらく前回同様だろう。何しろ、我々の領土に侵入するためにはそこぐらいしか大軍が通れる道がない」


 グレンヴェーマハ一帯は既に要塞化してあるためヴェルナールは、特に言及しなかった。

 

 「次にベルジク及び北プロシャの軍勢だが、おそらくはナミュール州の奪還を最優先項目としているだろう。それ故に次の策を立案する」


 ヴェルナールがノエルに視線を送るとノエルは、いつものように地図を広げた。


 「まず我が軍は、ジルベルト率いる二千の軍勢をグレンヴェーマハの守備に送る。続いてエレオノーラとベッテルには千の軍勢を率いてリエージュと近隣の街を占拠して貰う」


 わざわざ逆侵攻を仕掛けるのには理由があった。

 

 「それでは兵力が分散してしまうのでは?」


 指揮官の一人がヴェルナールに意見するとヴェルナールは、ニヤッと笑った。


 「そこが狙いだ。リエージュ一帯を占領後、南側に離脱して俺の本隊に合流してもらう。リエージュを占拠されたとなれば、敵は間違いなく部隊を二手に分けてリエージュの奪還とナミュールの奪還を同時に行うだろう」

 「分断して殲滅するというわけじゃな?」

 「そうだ……って、大事なところだけかっさらってくなよ」


 ヴェルナールは、一番の大事なところをエレオノーラに取られて不満気に言った。


 「一番の狙い目は、ミーヌ炭鉱方面に敵が移動し始めたときだ。山を使って押し潰す。適度に損害を与えた後は、アルデュイナの森の塹壕を使っての防衛戦に移行する」

 「その後は、どうする?」


 初動で敵を敗北させるまではいい。

 問題はそこから先だとエレオノーラは言いたげだ。

 

 「メクレンブルクを使う。指示だけ出しておけば、その通りに動いてくれるさ」

 「最後の最後に他人を頼るのか?」

 「なに、要塞での戦闘には不向きな騎兵を遊ばせておくわけがない。敵の戦線を増やしながら、じわじわと削るつもりだ」


 ヴェルナールがメクレンブルクに送った書簡には、戦勝後にアルフォンス公国の庇護下での独立を容認する旨が書かれている。

 勿論、メクレンブルクにとってはハイリスクハイリターンではある。

 しかしメクレンブルクは、ヴェルナールに圧倒的有利な条件下で臨んだ戦いでの敗北を知っている。

 それ故にヴェルナールは、必ずこの策に乗ってくるという確信があった。

 それに加えて、ヴェルナールの実父であるクリストフを計略に嵌めたエルンシュタット王からは、人心が離れつつあるという話をヴェルナールは掴んでいた。

 

 「せっかく掴み取った独立とこの領土だ。むざむざ失うつもりはない。力を貸してくれ」


 そう言ってヴェルナールは、軍議の場を締めくくった。

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