第104話 これからの戦場

 敵から奪取した要塞にヴェルナール達が逃げるように戻ると、後方から迫る敵部隊に対しての備えがなされていた。

 辺りに転がっていた敵の死体を積み上げ文字通りの肉壁とし、敵の乱杭を再利用して配置しなおし、道の幅を狭めて敵の通る場所を絞っているという徹底ぶりだった。

 

 「なかなかに骨が折れましたぞ」


 先にヴェルナールが退却させていた戦巧者のトリスタンは、重騎兵四百人と他に退却してきた三百人程度の近衛兵達と共に一時間足らずでここまで仕上げていた。


 「兎にも角にもこれで銃騎兵は、戦いやすくなりましょう」


 額の汗を手で拭うとトリスタンは言った。

 

 「さすがだ。感謝する」

 「閣下の意を汲むのも臣下の務め。この老骨、まだまだやれますぞ」


 トリスタンは、にこやかに笑った。


 「これからも頼りにしている」


 ヴェルナールは、トリスタンの老を労うように肩を手で叩くと次の指示を飛ばした。


 「銃騎兵は、馬より降りて壁の後ろに待機しろ。多少臭うが我慢してくれ」

 

 甲冑を着た肉壁の後ろに銃兵達が姿勢を低くして待機する。

 命令ともなれば、死体の利用に顔を顰める者はいない。

 

 「まさに職業軍人といった感じだな」


 エレオノーラが感嘆の声を漏らした。


 「小国だからな。あれが嫌とかこれがいいとか言ってる余裕は無い」

 「柔軟な思考をもって、あるものを利用するのも強い軍隊であるためには重要じゃのぉ」

 「だが士官学校の試験で盾替わりに死体を利用すると書いたら減点だろうな」


 ヴェルナールは苦笑を浮かべた。


 「減点どころか大目玉ものじゃ」


 実際にヴェルナールは、試験での回答において大目玉をくらったことがあった。

 しかもその場で、実戦と想定では違うと教官に口答えしたから、その後きつく絞られている。


 「そんなこともあったなぁ……」


 ヴェルナールは、しばし懐かしむような目をした後、視線を前方に即ち自分たちの逃げてきた方へと向けた。


 「来たの」


 大勢の人馬が歩く音や馬のいななきが静かな森に響く。

 エレオノーラが整列させた弓騎兵の指揮官に視線を送ると、指揮官が兵達へと指示を出す。


 

 「弓騎兵、火矢をつがえよ!」


 最初は明かりを得るために火矢を放つのだった。

 火矢の明かりが漏れて敵に悟られないよう他の兵達が自らの外套で火を隠す。

 その間にも敵は近づいて来ていた。

 

 「火矢、距離九十メートルから手前に放て!」

 

 敵との距離を大まかに測った指揮官の命令を受けて、無数の明かりが放たれた。

 それが地面、道の脇の木々、あるいは敵へと突き立つ。

 そして近寄る敵を照らし出す。

 一気に明るくなった山道に敵は夜目を奪われた。


 「弓騎兵、各個にて矢を放て!」


 今度は火矢ではなく火のあかりを頼りに矢を放つ。

 一方の銃兵は、確実に敵を逃さず当てられる距離へと敵を引き付け続ける。


 「このままでは、一方的にやられるばかりだっ!一気に距離を詰めてしまえっ!」


 後続に多くの兵士を従える敵は、一方的に撃たれることを恐れ後退よりも楽な前進を選んだ。


 「「うぉぉぉぉぉぉっ」」


 喚声を上げながら走り出す。

 彼我の距離九十メートルから走り出した敵は、すぐさまマスケット銃の有効射程へと達した。


 「外してくれるなよ?」


 ヴェルナールが祈りにも似た言葉を轟音がかき消した。

 最前列の一人が銃を構えて撃つと後ろの味方が装填済みの銃を手渡すという形で連射と錯覚を覚える程の早さで銃を放ち続ける。

 耳を劈く轟音が川のせせらぎも虫の声音も、倒れゆく敵の絶命の声さえもかき消してゆくのだ。

 突然の閃光、轟音、そして死を受け立ち止まれば、後ろの味方の動きも止まり踵を返すことも叶わずに次々と屠られていく。

 

 「まるで地獄じゃな……」


 あまりにも一方的な光景に、エレオノーラはそれ以外に言葉を思いつかない。


 「お前の国が作ったコイツは、騎士道精神を壊すかもしれないな」


 もはや示し合わせて戦闘を開始するようなことはなく早期発見、奇襲、速射がこれからの戦場に求められるものだろうとヴェルナールは言外に告げた。


 「新型の開発と装備が始まったら、今のモデルの国外輸出を行うというバカげたことを考えている連中が我が国にはウヨウヨおる。早急にそ奴らを黙らせねばならぬようじゃ」


 エレオノーラは、自国の作り出した破滅の閃光にその頬を照らされながら、帰国後自分がやるべきことについて思考を巡らすのだった。

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