第103話 空手形

 ターン、ターン、ターン。

 夜の山間に、散発的な銃声が鳴り響く。

 どこかの木に止まっていたのか、鳥が慌てて鳴きながら飛び去った。

 道沿いにある僅かに開けた場所を使っての漸減邀撃が始まっていた。

 開けていると言っても山間であるため、どう足掻いても三百の銃騎兵で横隊を組むほどの幅があるはずもなく銃騎兵十騎程度で一集団とし、撃ちきったら退却という逃げに重点を置いた戦い方にした。

 一応、マスケット銃よりも射程の長いエレオノーラ麾下の弓騎兵が銃騎兵の後方から支援してくれてはいるが一箇所での射撃で十人近くを倒せれば上出来といった具合だった。

 幸いにも山道が狭いため敵を狙い撃ちにしやすいので射撃精度は夜とはいえ予想してたより悪くない。

 

 「予想してたよりこじんまりとしておるが仕方ないのぉ……」


 後方で様子を見守るエレオノーラが、やや不満げだ。


 「何を期待してたんだ?」

 「何ってそれは、敵がこう……ばばばぁっと倒れる所をじゃ」


 エレオノーラが語彙の乏しい表現で言った。

 

 「ぶふっ」


 思わず笑いを漏らすと


 「今、笑ったじゃろ!?」

 「いや、仕方ないだろ」

 

 こうしてエレオノーラとくだらないことで笑いあっていると戦場にいることを忘れてしまいそうだ。

 既に、邀撃も五箇所目。

 夜で慣れないこととはいえ、実戦経験を積んでいた兵士達は、臨機応変に対応している。

 だが、上手いことこの作戦が敵に刺さるのはこの辺りまでだった。


 「ヴェルナール!敵が騎兵を出して来た!」


 エレオノーラが緊迫した声で俺の名前を呼んだ。

 既に、敵に動きにあった異変には気付いていたが、さすがに対策してくるか……。


 「槍を持たせてるもの達を返したのが仇になったか」

 

 相手が騎兵ともなると、話は変わってくる。

 いくら敵を銃撃で倒しても速度にのった状態の騎兵相手では、止まっている状態のこちらが馬で逃げても追いつかれるのは目に見えてている。


 「エレオノーラ、お前に行っててくれ」

 「お主は、どうするのじゃ?よもや殿で戦うとは言うまいな?」

 「しっぽ巻いて逃げたら兵に示しがつかんだろ」

 「それもそうじゃが、お主と一兵卒では命の価値が違う!馬鹿なことはよしておくのじゃ」


 エレオノーラが珍しく強い口調で言葉を放つ。


 「それもそうだな……」


 自分の指示で動いてくれた兵士たちを見殺しにはしたくない。

 それが人の情と言うやつだ。

 だが、エレオノーラの言う通りで自身を犠牲にしていい人間としてはならない人間とがいる。


 「お前たち、後ろを振り向かず退却だ!」


 少し離れた兵士たちに戻って聞こえるようなるべく大声で叫ぶとエレオノーラとともに踵を返した。


 ◆◇◆◇


 ヴェルナール達がジュリア・アルプスで戦闘をしている頃、ノエルの姿は東に離れたダキア王国にあった。


 「現法皇カラファ様よりの親書にございます。拝読なされた後、この足で返事を伝えに戻るのでこの場にてのご返答願います」


 ノエルは当代のダキア領主ブレオスタを前に深々と平伏した。


 「しばし待っておれ」


 ダキア領主に向けて渡した親書の中身をヴェルナールから聞いていたノエルは、これよりおこる大陸東部の勢力闘争を想像し、ほくそ笑んだ。

 現在大陸東部の大国であるワラキア大公国は、ダキア王国、モルダヴィア公国を吸収する形で、その広大な国土を形成していた。

 元々それぞれの国家元首であった家柄は、いらざる衝突を回避するべく封建制度体制によりそれぞれの領土の領主として残っている。

 ヴェルナールは、そこに目をつけ火種を仕込んだのだった。

 選帝侯を務める身でもある当代のワラキア大公に変わり現ダキア領主であるブレオスタを新たに選帝侯に任ずるという内容の親書を送り付けた。

 しかしそれには条件があり、ワラキア大公を完全に滅ぼすことだった。

 幸いにもワラキア大公国の軍隊は、イリュリア大同盟軍へと参加しており本国には大した軍は残っていない。

 「この機会に攻められてはいかがか?今を逃していつ打倒するのか?」

 といったようなけしかける内容も含まれており、自国の復興を願うブレオスタに対して効力のあるものだった。


 「う、うむ……これはまたとない好機!帰ってカラファ法皇猊下に伝えろ。このブレオスタ、ありがたく選帝侯任命の話を受けるとな!」

 「色良い返事、感謝致します」


 ノエルは頭を下げるとブレオスタの御前から退去した。

 だがこの前日、モルダヴィア領主の元にも同様の親書を届けていたのだった。

 いわゆる空手形というやつである。

 冷静に考えれば、選帝侯の挿げ替えなど空座がなければ出来る話ではない。

 だが独立というあまりにも魅力的な餌を前に、彼らは冷静な思考を持ちえなかった。

 

 「これで、閣下に良い報告ができます」


 ノエルは頬を緩めて独り言を言うと城を出て街道を馬で急ぐのだった。

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