第105話 戦闘終結
混乱のさなかにおいて、撤退が許されると我先に逃げようという集団心理を引き起こし、転んだ味方や傷を負って倒れた味方を踏みつけ走り出した。
「哀れよのぉ、じゃが手加減はせぬ。突撃じゃ!」
エレオノーラの指示でヴェルナール達の先を越す形で近衛兵団が突撃を開始した。
「悪いが先に行かせてもらう!」
ヴェルナールに一応の断りをいれるとエレオノーラも馬上の人となった。
そして馬に鞭をくれると颯爽と外套を風に揺らした。
「抜け目ないですな」
感心しながらトリスタンがその後ろ姿を見送る。
「なに、うちだけいい所を貰ってるとエレオノーラの兵共の収まりがつかないんだろうよ」
ヴェルナールは、手柄を奪われたことなど気にも止めていなかった。
「それと、自国の問題は他国の手を煩わせずなるべく自国で片付けたい。あいつなら考えそうなことだ」
士官学校時代の三年間、苦楽を共にしたヴェルナールには、エレオノーラの考えることなど手に取るようにわかった。
軍略を除いては逆もまた然りで、ヴェルナールの考えを察することなどエレオノーラにとっては朝飯前だった。
「そのエレオノーラ殿を援護しに出撃しても?」
「なんだ、トリスタンも手柄が欲しいか?」
「武人たる者、戦場にある限りは馬に跨り戦場を縦横無尽に駆け巡りたいというもの」
白髪の老人となりつつあるトリスタンは、しかし若い頃から衰えてはいなかった。
「そうだな。このまま敵を一気に押し込んでしまおうか」
そう言って主従は笑みを交わすと、それぞれの馬へと騎乗した。
「これより、我々は敵を突破し一気にツェルノクを目指す」
「「おぉぉぉぉぅっ!」」
ヴェルナールに付き従う七百の騎兵達は、既に夜も更けつつあることを忘れ声を張り上げる。
「勝ち戦を前に疲労など関係なしか」
あとからどっと来る疲れを想像しながらヴェルナールは苦笑いを浮かべるのだった。
◆❖◇◇❖◆
「狼煙が見えたぞ!」
明け方、ツェルノクの峠の東側に一条の煙が上がった。
「アルフォンス公は無事に辿り着いたらしいな」
家臣に起こされ眠い目を擦りながらアオスタ公ドルレアンスは、峠の方を見据えた。
程なくして峠から怒号と剣戟の音が聞こえ出した。
「そろそろか。全隊、これよりツェルノクの要塞攻略に取り掛かる。進め!」
出撃準備を整えた兵達を前に、ドルレアンスは馬上で前へと手を振り下ろした。
ヴェルナールや、エレオノーラらを一旦は追い詰めたワラキア軍だったが攻撃は失敗、逆に追い討ちを受け多数の損害を負って再びトルミンの要塞へと籠っていた。
よってツェルノクのイリュリア大同盟軍二千五百は、完全に挟撃される形となった。
防備のない東側からはヴェルナールの銃騎兵や重騎兵が襲われ、西側からはドルレアンスの部隊や近衛兵団の銃兵に射掛けられながら身動きの取れない要塞の兵士達は数を減らし続けた。
戦後の戦闘報告によれば、守備隊は指揮官が降伏を選択するまでの実に一時間以上の戦闘で千を超える死者を出したとされている。
かくして、ジュリア・アルプスの支配は救世軍へと移ったのだった。
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