第100話 機転

 木戸の少し前に十人のアルフォンス兵がいた。

  

 「矢がなくてビビってんのか!?」

 「音に聞くフルヴァツカ騎士も大したことはないなぁっ!」

 「はははっ、俺達たった十人ちょっとでと倒せそうな気がしてきたわっ!」


 矢をほぼ射尽くした敵に対して嘲笑の真っ最中だ。

 

 「言わせておけばっ!」


 柵の上に一人の敵弓箭兵が出てきて弓を構えるが矢は番えていない。

 

 「しかしか、通じておるのか?」

 「言語に秀でた者でもいない限り通じてないだろうな」


 イリュリア大同盟軍は、大陸東部の国家の集合体だ。

 同盟軍内でさえ言語が通じず統制をとることに苦慮している彼らにアルフォンス公国の公用語であるロマンヌ語やスエビ語がわかるはずもない。


 「まぁニュアンスというか雰囲気が通じれば良いのか」

 「そういうことだ。だが敵も存外我慢強いらしい」

 

 敵は木戸から出ることなく、内側で浴びせられる嘲笑にじっと耐えていた。

 

 「どれ、妾に提案がある。ヴェルナールついて来てくれ」

 「別に構わんが……」


 慌てる家臣たちを手で制するとエレオノーラは、酒の入った容器をむんずと掴むと馬に股がった。

 そして嘲笑を浴びせていた兵士達の側まで行くと馬脚を止めた。


 「ここらで良かろう」


 そう言うとエレオノーラは、木製のグラス・タンブラーにワインを注いだ。


 「なるほど敵前で酒宴か」

 

 渡されたグラス・タンブラーにヴェルナールはそっと口をつけた。

 

 「どうじゃ?美味しいだろう?」

 「ほんとだな。ヴァロワで飲んだワインに負けず劣らずの味だ」

 「あのカエル野郎共に負けるのは癪じゃからの。妾の領地では至上のワインを目指して日々生産と改良を行っておる。じゃがな美味しさの秘訣は、もう一つあっての?」

 

 酒を交わしながらも敵へと注意を払っている二人の耳にはキリキリと弦を絞る音が微かに聞こえていた。

 グラスを利き手では無い方へと持ち替え、利き手は直ぐに剣を抜けるよう柄を握っている。


 「その秘訣とは?」

 「生まれは高貴且つ容姿端麗で聡明な妾が手ずから注いでいることじゃ」

 「それは、確かにそうかもしれないな」


 ヴェルナールが言い終えた瞬間――――

 風切り音が走り二人は剣を抜いて互いに一振りした。

 二本の矢がほぼ同時に推力を失い地面へと落ちる。


 「矢は射尽くしたと妾は聞いたが?」


 エレオノーラがジト目で言うと


 「戦場に予想外は付きものさ」


 芝居がかったふ風にヴェルナールは言った。

 そして木戸が軋む音を立てながら静かに開く。


 「よし、逃げるぞ!」

 

 二人は瞬時に馬に鞭をくれると、目もくれず踵を返した。

 さっきまで嘲笑していた兵達も我先にと二人の後に続く。


 「逃すなーっ!」


 それを木戸から出てきた百あまりの敵が槍の穂先を煌めかせて追いかける。

 エレオノーラの機転により見事に敵を釣り出したのだった。

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