第87話 湾刀遣い
「ほらほらァ、そんなんじゃ斬られちゃうぜ?」
二振りの湾刀から繰り出される斬撃を、小さな動作で逸らし続ける。
しかし突くという攻撃手段を捨て、斬ることに特化した湾刀は刀身が大きく弧を描いているために、こちらの防御を超えて内側へと攻撃を加えてくる。
懐を深めにとっておかないと斬られるのはこちらか……。
「ヴェルナール、助けられなくて、すまぬ!」
エレオノーラも自ら剣を振るい、他の敵と相対している。
「お前は、雑魚どもの相手にだけ集中しててくれればそれでいい」
ノエルもまた、一人で多人数を相手に善戦していた。
「喋る余裕がどこにあるのだ?」
男がさらに湾刀を振るう速度をあげた。
まだ、速くなるのか……。
このままでは、壁に押し込まれかねない……。
相手の力量を計るための受け身だったが絶え間ない連続攻撃を繰り出されては、付け込む隙を見つけるのが難しい。
それなら一旦離れて一気に畳み掛けるか?
俺は、地面を勢いよく蹴って後ろへと跳躍した。
「どうした、逃げるのか?」
ニヤァっと笑った男が、そのまま歩いてこちらとの距離を詰めようとする。
それが狙い目だ。
勝機は一瞬か――――。
袖にしまっていたナイフを近寄ってくる男に対して投げた。
狙いは顔面だ。
そしてこちらから走って間合いを詰める。
「こんなもので!」
男は顔の高さにあったナイフを自らの湾刀で払い落とした。
そこが狙い目――――俺は、低姿勢で男の横をすり抜けざまに、その脇腹を剣で払う。
だが、今ひとつ深さが足りなかった。
男は、すんでのところで体を捻って致命傷を回避していた。
「おぉ、危ねぇなぁっ」
男は、致命傷にはならないまでも脇腹に出来た傷を指で弄ぶとその血を舐めた。
「この俺に一箇所傷をつけたんだから、二箇所にして返してやるよ。せいぜい楽しもうや」
風をきる音を響かせながら湾刀を勢いよく回すと男は言った。
「誰がお前の遊びに付き合うか。それに遊びの時間はそろそろ終わりらしいが?」
にわかに回廊が騒がしくなる。
「皇女殿下をお助けしろーっ!」
エレオノーラが笛で呼んだ従者達が大聖堂へと駆けつけてきたのだ。
「チッ……退くぞ!」
男は舌打ちをすると回廊の石柱の隙間から庭へと姿をくらました。
男の部下たちもそれに習おうとするが
「全員目をつぶれぇっ!」
ノエルがそう叫んで小さな球体を敵へと投げつける。
すると爆音とともに夜闇に包まれていた回廊と庭が真昼のように明るくなった。
ノエルが投げつけたのは『テッサリアの火』の小型化を図って自作した言わば手榴弾だった。
爆煙が晴れた後、ノエルは周囲に散らばる肉片を見て
「フェリング……仇は討ったぞ……」
憂えを湛えた表情で静かに言ったのだった。
フェリングは、能力が高くノエルが重用していた部下だった。
「国へ戻ったら、フェリングは丁重に弔ってやろう」
ノエルはただ静かに頭を下げた。
◆◇◆◇
襲撃の翌日、大聖堂での襲撃事件は、選帝侯の抹殺を狙った護教騎士団による犯行であると断定し、また、護教騎士団が後ろ盾とするイリュリア大同盟はミトラ教勢力圏への進出を目論むアスランム教及びオットマン帝国と与しているとして救世軍を招集する旨を選帝侯会議の結果として声明発表することとなった。
こうして早々に会議が纏まったのは、襲撃事件の副産物とも言えた。
あの襲撃が、三人の選帝侯に危機感を与えたのだ。
あの男が使っていた湾刀は、アスランム教勢力圏の国々では広く用いられていることからもイリュリア大同盟にアスランム教との結び付きがあるという証拠になった。
「一週間のうちには、大軍を率いてここを出立出来そうだな」
「首尾よく会議が纏まって嬉しいのじゃ」
エレオノーラは、安堵の表情を浮かべていた。
「兎にも角にも妾は、陣営離脱した諸国家に対して文を書こうかのぉ。何しろイリュリア大同盟と戦う大義が出来たのじゃから」
「そうだな。ついでにその手紙に聖戦に参加せずは、異端と同様とでも書き足しておけ」
「随分過激じゃが、我が陣営を裏切るような仕儀、それぐらいは嫌味も兼ねて書いてやろうか」
そう言ってエレオノーラは、上機嫌に笑った。
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