第88話 救世軍
選帝侯会議の終了から一週間を経た今日、ミッテルラント市の郊外には、一万を超す軍勢が集まっていた。
その内訳は、ミュンヘベルク大公麾下の二千五百を筆頭に、アオスタ公麾下二千二百、北プロシャ選帝侯麾下千五百、エレオノーラ率いる近衛兵団が千、アルフォンス公麾下の七百が主だった部隊だ。
この他に十余の諸侯の部隊が合わさって一万の軍勢を形成していた。
「それでは、これより軍議を始めたいと思います」
天幕の中に集まった諸侯を前にヴェルナールは言った。
「まずは総大将の決定からですが、無難に率いる兵力の多いミュンヘベルク大公にお願いするのが無難だと思いますが、異論ある方はありますか?」
仮にも敗戦となれば全責任を被ることにもなりかねない総大将という役職を担いたい人間がいるはずもなく総大将は、あっさり決まる。
「それでは今後の戦略について私なりの提案がありますので少しばかり聞いて頂きたい」
ヴェルナールがノエルに目配せを送ると、ノエルは諸侯が囲む机に地図を広げた。
そしてチェスの駒を配置していく。
「現在、カロリング帝国陣営が抱える戦線は二つです。一つはザルツァッハ=ケルンテン戦線、そしてもう一つはアッルヴィアーナ戦線とでも名付けましょう。現状、ザルツァッハ=ケルンテン戦線は、全域に渡って山岳地帯であり戦況は停滞しています。一方のアッルヴィアーナ戦線は、ジュリア・アルプスを敵軍に占拠されたためカロリング帝国軍は包囲下にあると言えます」
ヴェルナールの解説に沿って、ノエルが駒を動かしていく。
アッルヴィアーナには、白黒両方のキングと白のキングの後ろに黒のナイトが、ザルツァッハ=ケルンテン戦線には双方のクイーンが置かれている。
キングは主軍を、クイーンは、助攻勢を行う部隊を、ナイトは機を見て動く遊軍を表していた。
「この状況に対し、我々はこう動きます」
ヴェルナールの言葉にノエルが白のビショップとナイトを握った。
「
ラウエンブルクは、つぶさに地図を眺めながら言った。
「そういうことです。我々は部隊を二つに分けます。第一集団はミュンヘベルク大公を大将とする救世軍の六割の兵力でオストラルキ大公国の攻撃に充てます。公都ビエナを陥落させた後は、北よりイリュリア大同盟勢力圏への攻撃をお願いします」
ノエルが白のビショップをザルツァッハ=ケルンテン戦線へと置いた。
ヴェルナールがわざわざチェスの駒を選んだ理由は、印象操作にある。
というのも、カロリング帝国陣営を異端であるアスランム教と協力する(というふうに仕立てあげた)イリュリア大同盟と大義のために戦っている国家と認識させるためだ。
ここに集まる諸侯が少なからず抱いている「カロリングのために兵を出しているのでは?」という疑念を少しでも払拭しようというのだ。
実際のところはその通りなのだが……。
「残りの四割、すなわちアオスタ公、エレオノーラ殿、それから私の軍勢でトリエステの湊を奪還しジュリア・アルプス山脈の敵の補給を断ちそのままジュリア・アルプスから敵を追い落としてアッルヴィアーナ盆地にいるカロリング帝国軍と合流します」
居合わせる諸侯からどよめきが上がった。
そこにアオスタ公が手を挙げて発言の許可を求めた。
「アオスタ公、何か?」
「先日得た情報によれば、トリエステの湊には我々と同程度の四千ほどの軍勢がいると聞くが?」
さすがはカロリング帝国と接しトリエステにも近いところに領地を持っているだけあってアオスタ公は、敵の動向にも敏感だった。
「対応策も用意しているので心配なく」
そうな言ってヴェルナールはにこやかに微笑んだ。
「具体的に聞かせてもらっても?」
「構いませんとも。しかしながら今は、一刻も早く出立したいですから道中でお伝えしましょう」
アオスタ公は、ヴェルナールの答えに満足したのか引き下がった。
「ここまでで意見ある方はいますか?」
ヴェルナールが諸侯を見回すがヴェルナールの策に物申す人はいなかった。
エルンシュタットに対して寡兵で臨んだグレンヴェーマハでの大勝、続くベルジクに対しての勝利、さらに直後のスヴェーアとの戦闘での勝利、最たるはセルジュを王位継承権戦争に勝たせたその手腕、それらを疑う人はいなかったのだ。
「それでは各々、抜かりなく」
かくして三日後、二手に分かれた救世軍は、戦闘へと突入するのだった。
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