選帝侯会議編
第79話 ティベリウスの思惑
六月下旬、アルフォンス大公国最古の街であるエーテルナハで行われているオクターヴ(宗教的祭典)は、これまでにないほど盛り上がっていた。
というのも今年は、大公国の歴史の中で史上類をみない大躍進の年となっていたのだ。
ベルジクとの戦争により獲得したナミュール州とヴァロワ朝がエルンシュタット王国と帰属について揉めていたムルト=エ=モゼル地域(ファビエンヌ伯爵領)を編入するに至ったことで人口も経済規模も飛躍的に伸びていたからだ。
ちなみにヴェルナールの実姉であるファビエンヌ伯アレクシアは、領地をアルフォンス大公国の南にあるモゼル地域へと移していた。
モゼル地域は、エルンシュタット王国と接するヴァロワ朝にとって重要地域だった。
そこをアレクシアに与えたのだから、王位に就いたばかりのセルジュがどれだけ信用を置いてるのかが伺える。
セルジュを戴冠させた見返りにアルフォンス大公国は、領地と独立国としての承認の表明を得ることとなった。
そして暫くの間は、不慣れなセルジュの統治を独立を果たしたアルモリカ公国とアルフォンス大公国の二国で支えていく手筈となっている。
しかしこれほど宗教的祭典で盛り上がるのにはもう一つの理由があった。
◆◇◆◇
時間軸は少し戻って、ヴァロワ内戦が一応の終結をみてヴァロワ朝がアルフォンス大公国を独立国であると容認する声明が発表された頃のことだった。
―――カロリング帝国帝都ラツィオ
パンフューリー宮殿 ―――
「父上、妾の外交成果が失われようとしておるのじゃ」
エレオノーラが庭で
好々爺然としたこの男こそが当代のカロリング皇帝だった。
「こらこら、人の腹を掴むな」
還暦を迎えようかという歳のティベリウスは、大身で小太りだった。
「もう、暫く見ないあいだにまた太ってるのじゃ……」
エレオノーラは、呆れ混じりに言った。
「家鴨らも食べるには苦労したくはなかろう?そう思うと餌をやる手が止まらん」
大きな体をいそいそと動かして餌を与える姿は、およそ大陸一の国家であるカロリング帝国の皇帝とは思えない。
「家鴨じゃなくて父上の腹回りの話じゃ……」
「お、儂か。過日、食べる量を減らしたら病気かと疑われて典医を呼ばれてから皆を心配させない為にも、無理してでも食べる量は減らさないと誓ったのだ」
「何をしておるのじゃ貴族共は……せっかく父上が減量に踏み切ったというに……」
エレオノーラは、そう言うと今日何度目かの深いため息を吐いた。
「そろそろ昼餉の時間かの?ほれエレオノーラ、久しぶりに父と食卓を共にせんか?」
「おぉ……それはよいのぉ!妾もともに……って何か大事なことを忘れておらんか?」
エレオノーラは、完全に何を話しに来たかを忘れていた。
すると話される側のはずのティベリウスが
「アルフォンスに関わることだろう?」
と聞き返す始末だった。
「おぉ、そうじゃそうじゃ!」
「独立承認以外にも何かを用意して欲しいのだろう?」
ティベリウスは、エレオノーラの言いたいことなど、とっくにわかっていた。
「そうなのじゃ」
うんうん!と頷くエレオノーラの頭をティベリウスは、優しく撫でた。
「だが、お前の外交成果は失われていないとも」
エレオノーラの外交成果というのは、もちろん最初の独立承認をした国家であることから、カロリング帝国とアルフォンス大公国とに深い繋がりがあるとユトランド評議会陣営諸国にみせたこと。
そして、ヴェルナールから帝国寄りの立場でいるという言葉を引き出したことにある。
しかしアルフォンス大公国がヴァロワ朝とも深い繋がりを持ってしまった以上、それと同等か、さらに強いものを示さねば!とエレオノーラは、考えていた。
「あくまでも我がカロリング帝国は、アルフォンスにとって最初の独立承認国家なのだ。それ以上は、あるまいて」
そう言ってティベリウスは、庭のテーブルに運ばれてきた料理を口に運んだ。
「たがまぁ……儂としてもこれ以上、アルフォンス公をヴァロワに近づけたくもなければ、ユトランド評議会に渡すつもりもない。奴は危険だからな」
好々爺然とした表情をやめてティベリウスは、真顔になった。
「ボードゥヴァンもエドゥアールもその毒にあてられ、スヴェーア連中の暗殺も失敗したと聞く。そんな人間を敵に回すなど真っ平ごめんだからの」
「父上の中でもヴェルナールの評価が高いとは、親友として鼻が高い限りじゃ」
エレオノーラは、親友の評判が高いのが嬉しいのか顔を綻ばせた。
「そうだなぁ……選帝侯に任じるのはどうかの?」
暫く考える素振りをみせるとティベリウスは言った。
カロリング帝国は、ミトラ教最大の後ろ盾であると同時に、ある程度であれば教団運営に口を出せるほどの力を有している。
その力は、ミトラ教の最高司祭である法皇の選挙権を有する選帝侯を自身の意思で任じることができるほどのものだった。
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さて新章突入です。
ここから中世の国家運営からは切っても切れない宗教色が強まっていきます。
引き続き物語をお楽しみ下さい。
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