第68話 アングレームとヴェルナール

 夕方までにシャルル陣営の部隊はルネティナ橋の南岸へと戻っていた。

 早朝から始まった戦闘は痛み分けという形で一旦、幕を下ろすことになったのである。


 「損害をまとめて参りました」

 「申せ」


 アングレームは大聖堂内に設けられた指揮所で倒れるように座り込むと家臣の報告を受けることにした。


 「初めに我が方の損害、死者及び行方意不明者が二千名、負傷者が三千名程で明日以降の作戦に充当可能な兵力は八千もあれば良い方かと」


 アングレームの対面に座しその話を聞いていたヴェルナールは、紙に走らせていた筆を止めるとアングレームの家臣に質問をした。


 「行方意不明というのは逃散した者達という解釈で間違いないかな?」

 「はい、そう考えて頂いて構いません」


 名誉を重んずる以上、逃亡者と言うわけにもいかず、行方意不明者という言い方をしている。


 「それで彼奴らの方は?」


 アングレームが促すと彼の家臣は慌てたように喋りだした。


 「は、はい!死体と置き去りにされた重傷者の数を確認したところ三千近くに登っています」

 「ならば損害も同等と考えてよさそうだな」


 アングレームの言葉に家臣は頷いた。


 「やはり貴公のおかげのようだ。素晴らしいタイミングでの登場だったよ。ふはははっ!」


 機嫌よく笑ってみせるアングレーム、しかしその目元は笑ってはいない。

 もっともアングレームからすれば自前の兵の損失を抑えるためにも早々にヴェルナールには参陣して欲しかったという思いが強いのだろう。


 「ところでエドゥアール殿よりこれを預かっています」


 そう言ってヴェルナールは、一通の書状をアングレームへと手渡す。

 勿論、三千の兵の指揮権をヴェルナールに渡すよう書かれたものだ。


 「ふむ、こちらとしては一向に構わない。だが今日は戦闘が終わったばかりで兵も指揮官も休みたいだろう。指揮権の譲渡は明日にしてもらっても構わないかな?」


 自身の手元から三千の兵力の指揮権が離れるにも関わらずアングレームは快諾した。

 実質指揮官交代とも言える命令、普通であれば自身の力量不足を疑われているようで面白く無いはずだ。

 しかしアングレームは、そんな様子はおくびにも出さない。


 「それで問題ないですよ」


 エドゥアールの命令が履行されれば問題ないとヴェルナールも頷いた。


 「ヴェルナール殿が理解のある人で助かった。それでは宿所は用意したので案内させましょう!」


 アングレームは、ポンポンと手を打つと部屋の外にいたのか一人の青年が室内へと入ってきた。


 「お初にお目にかかります、カンプラードと申します。宿所まで案内致しますので私の後についてきてください」


 影を感じさせる青年は、抑揚のない声で言うとヴェルナールを手招いた。

 

 「それは助かる」


 ヴェルナールは、にこやかにそう言うと青年はその反応に満足したのか歩き出した。

 青年の視線がヴェルナールから離れると、ヴェルナールは目を眇めて青年を観察した。

 そして退室際に一言、


 「そういうことらしい」


 と傍にいたアンドレーに耳打ちしたのだった。

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