第69話 罠

 俺が何を察したのかと言えば、案内したカンプラードの歩き方、身のこなしで間諜であることだ。

 つまりは、アングレームが部屋を用意した意図は、こちらの居場所を特定させるためで、暗殺の可能性が濃厚だった。

 そんな見え透いた罠にかかるほど俺も間抜けじゃない。


 「誰がこんな部屋に泊まるかよ!アンドレー、間諜の者を誰でもいい、呼んでくれ!」

 「お呼びですかな?」


 アンドレーに呼んでこさせるまでもなく、初老の男が天井の木枠のひとつを外して現れた。


 「これは随分と衝撃的な登場の仕方だな」

 「いつでも閣下の御身を守れるうよう私達影一堂、常にスタンバイしておるのですよ」


 そう言って初老の男は人好きのする笑みを見せた。


 「申し訳ないがひとつ頼まれてくれないか?」

 「閣下の頼み事を断れば臣としての名が廃るというもの。で、頼み事というのは?」


 初老の男は、胸を張って言った。


 「おそらくアングレームの手の者が深夜にここに来るだろう。この部屋に入ったタイミングで全員殺して欲しい」

 「閣下の暗殺を企む不届き者、必ずや仕留めてみせましょう。でなければ、ノエル殿に叱られてしまいます」


 なるほど忠義心もあるがノエルの説教も怖いらしい。

 

 「どんな風に叱られるのだ?」

 

 何となく気になったので訊くと

 

 「そればっかりは口が裂けても言えません」


 初老の男は、首を竦めながら言った。

 俺も「閣下?」という凄みをきかせたノエルの声が聞こえた気がしたのでそれ以上の詮索はやめておいた。


 「その方が確かに利口かもしれん」


 兎にも角にも俺は、宿所をアンドレーに用意させることにした。


◆◇◆◇


 夜も更けた頃、ヴェルナールに用意された部屋に忍び寄る人影があった。

 事に及ぶ前に、部屋の様子を見ないのかという話ではあるが勿論、彼らも抜かりなく様子を見に行った。

 が、見に行った人間は戻って来なかったのだ。

 それならばいっそ、暗殺を疑われる前に殺ってしまおうという話なのである。

 言葉を介さず手で指示を伝え合う人影は、スヴェーアの死虚戦士エインヘリャルの面々だった。

 先頭を行く影がドアを音も立てずに開ける。

 そして後続の三人と共に、やはり無音で入っていく。

 全くもって洗練された無駄の無い動きだった。

 そして寝台の四方を取り囲む。

 三人で両手両足を固定し一人が首を掻き切ろうというわけである。

 しかし四人は寝台を取り囲んで違和感に気付いた。

 そこにいるはずの人物がいないのだ。

 一人が勢いよく寝台の布をめくるのだが、やはり誰もいない。


 「嵌められた!?」


 一人が思わずそう声を発した。

 慌てて今しがた入ってきた扉のドアを開けようとするのだが既に時遅しだった。

 強引に肩でタックルしても開かない扉。

 間もなくスヴェーアの死虚戦士エインヘリャルの四人は業火に包まれた。

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