第43話 接触①

 「この街が抵抗勢力の拠点です」


 ノエルを頭目とする間諜の案内で僅かな護衛とともにスヴェーアによって占領されているダンマルク領の街、オーフスへと来ている。

 この街のすぐ傍にスヴェーア軍の物資揚陸ポイントがあるのだと言う。

 抜け道を使ったために幸いにして敵と遭遇するようなことは無かったが、俺達の存在を抵抗勢力に受け入れて貰えるかが悩みどころだった。

 何しろ孤立無援の中、立ち上がった彼らはいわゆる民兵で軍隊の規則を知らない。

 加えて周りに敵が多い状況に彼らは殺気立っている。

 これでは、スヴェーアと対立する者同士として俺らが受け入れて貰えるかさえ分からない。


 「何者だ!その場で停止し所属を言え!」


 早くも民兵に見つかったらしい。

 ノエルや護衛が即座に武器を構える。

 護衛たちを手で制して構えた武器を下ろさせる。


 「私は、アルフォンス公爵だ。貴殿らとダンマルクを助けるために来たのさ」

 「アルフォンス公であるという証は?」


 身分の証明になるものか……。


 「ノエル、何かあるか?」

 「これくらいしか……」


 ノエルが取り出したのはチョコレートだ。


 「うちの特産品でも貰ってくれ」


 これ、ベルジクの特産品と被ってるな……。

 そんなことを考えつつ包装されたチョコレートを民兵達に投げたのだった。



 ◆◇◆◇


 この発端は二日前の軍議でのこと。

 スヴェーア騎兵を全滅させてからというもの、互いに睨み合うばかりで戦況は動かなくなった。

 スヴェーア軍は騎兵を失い戦局打破の決め手が無く、同盟軍もまた丘上の堅陣を攻略する術がない。

 攻城兵器を使おうにも準備に時間が掛かっているのだ。

 島に籠るダンマルク軍もまた、スヴェーア領内にやって来たノルデン主義連合加盟国のニーノシュク王国軍と海峡を挟んで睨み合いとなっているために動けないのだという。

 

 「しかし、いつまでもこのまま兵を遊ばせてはおられんぞ」


 ボードゥヴァンが溜息ためいき混じりに軍議の場でそうこぼした。

 一万三千もの兵士を集めたはいいが、暖をとるための薪や、兵達の食料、馬の餌である飼葉の費用は馬鹿にならない。

 まして、封建制度を導入している国家ならば従軍している貴族達の不満を抑えるのも一苦労だ。

 散々な目にあっているベルジク王国の貴族連中のことを考えれば、帰りたくて帰りたくて仕方ないだろう。

 これに関しては同情する余地はないがな。


 「それはそうだ、だがスヴェーア連中を放って帰るわけにもいかん」

 

 依然として九千余の部隊で対陣しているスヴェーア軍は強敵だ。

 こちらは数で僅かに上回って一万程度、損害を考慮しないのなら数で押し潰すこともできなくは無い。

 ただそれは下策中の下策だ。

 何しろノルデン主義連合の最大動員数は三万とまで言われている。

 こちらも最大動員ではないが、それに近い状態で一万三千しか集まっていないのだ。

 ここで兵力を消耗していては春の訪れと共に活発になるだろう軍事行動において到底太刀打ちできない。

 なるべく兵と国庫の資金を温存しなければならないのだ。


 「誰か策のある者はいないか?」


 ヴィレムが、チラリとこちらを向いたが素知らぬ振りを決め込む。


 「さすがのアルフォンス公も打つ手が無いと見うる。ふぉふぉふぉっ」


 横合いからボードゥヴァンがそんなことを言うが無視だ無視。

 実を言うと策が無いわけじゃない。

 間諜達の調べではユトランド半島各所でスヴェーアに対して民衆が蜂起の準備をしているとの情報を得ている。

 それを上手く使えば補給線を断つことが可能だ。


 「何とかならんのか?アルフォンス公」


 同盟軍を取仕切るヴィレムが縋るようにこちらを見た。

 何か利益があるんだったら実行に移すんだけどな……。

 そんなことを考えていると―――――


 「成功した暁には商船と湊を貸そう」


 え、今なんと?


 「これでどうか?」


 世界最大の湊を持つホランドが商船と湊を貸してくれるというのか?

 海を持たないアルフォンス公国に海を跨いでの海上貿易は不可能だと考えていたが、この話に乗ればそれが可能になる。

 その話、受けない手は無いな。


 「わかりました、それで手を打ってみます」


 あとからそんなに美味い話は無いのだと痛感するのだが、そんなことを知らない俺はこの話を引き受けてしまったのだ。

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