第41話 ボードゥヴァンの誤算

 奔流のように丘を流れ下ったスヴェーア騎兵は、土塊を跳ねあげながら迫ってきていた。


 「トリスタン!敵は食いついたなっ!」

 「如何にも!」


 助走を経てこちらがスピードに乗った頃、既にベルジク騎兵は霧散しておりスヴェーアの騎兵は俺達に狙いを定めたのか追いすがって来ている。

 三百五十騎で二千五百もの騎兵を引っ張っている風景は、なかなかに見ものだ。

 すると横合いから騎兵の一団が寄ってくる。

 そして先頭を駆ける騎兵がこちらへ叫んだ。


 「アルフォンス公とお見受け致す!助勢仕る!」


 合流して来たのは北プロシャ選帝侯の騎兵部隊だ。

 ポメラニア公の部隊は既にどこかへ逃散しているが、北プロシャ選帝侯の部隊は逃げずにこちらに同行することを選んだらしかった。

 三百五十から八百五十まで増えた騎兵部隊、これで確実に敵はこちらから狙いを逸らすようなことはしないだろう。


 「感謝する!」


 敵の前に躍り出る形となった俺達の言わば餌としての信憑性は増したと言っていい。

 その証拠に方形陣を組んで迎え撃つ用意を整えたホランド軍に目をくれることなくこちらを追いかけて来ている。


 「まるで大物を釣り上げたような気分だ」


 進路を変えながらホランド軍の後ろを通り抜けてもなお、スヴェーア騎兵は後ろに張り付いたまま。

 そしてベルジク王国軍の陣地が見えてくる。

 目標の達成は、すぐそこにある。


 「全隊、ベルジク軍陣地を左右に別れて駆け抜けろ!敵がベルジク連中に狙いを変えたら再集結せよ」

 「「おぉぉぉぉぅっ!」」



◇◆◇◆


 「おぉ、スヴェーアの騎兵共は見事にアルフォンスの小憎たらしい若造を追っているのぉ」


 自分の策が見事にはまったように思えるのかボードゥヴァンは至極機嫌が良い。


 「さすがにあれでは、一溜りも無さそうよの」


 家臣達の手前、緩む表情をどうにかしようとしても余りにも愉快すぎて笑みが零れてしまう。

 だが彼には一つ気がかりなことがあった。


 「ジャンセン、アルフォンスの山猿共は何故これほどにも逃げ足が早いのだ?」


 そう、夢想した光景ではスヴェーア騎兵の前に為す術なく散っていたはずのアルフォンス軍は、未だに健在だ。

 加えて、近くに陣を構える北プロシャ選帝侯も取り乱したような動きを見せていない。


 「万が一にも策が漏れたということはないかと……おおかた、逃げ支度でもしてたのでは?」

 「何故そのようなことをする必要がある?」

 「山猿共の考えることなど分かりませぬ」


 アルフォンス軍の行動がボードゥヴァンの策を看破してのものであると考えられない二人には到底わからない問だった。

 答えのわからない問いについて考えることを辞めた二人は意識を戦場へと向けた。

 そして異常事態に気づく―――――。


 「なっ、アルフォンス軍が敵を引き連れてこちらに!?」

 「えぇいっ!どこまでも邪魔な奴らめが!」


 椅子を蹴りつけ豪奢な扇を投げつけるとボードゥヴァンは吠えた。


 「ジャンセン、何をボサっとしている!早く迎え撃つ用意を致せ!」


 荒ぶる主君の癇に障らないようだんまりを決め込んでいたジャンセンは、怒鳴るように命じられるとこれ幸いとその場を去った。

 だが時すでに遅く馬の嘶きと怒濤は、すぐそこまで迫っていた。



◇◆◇◆


 さすがにこの事態で指を咥えて何もせず傍観しているほど無能ではないか……。

 だがベルジク王国軍の対応は完全に間に合っていない。

 これはちょうど良い復讐になりそうだ。

 内心、笑いが止まらない。

 すれ違いざまに、狼狽えるボードゥヴァン王の姿が視界の端に止まった。

 スヴェーアの騎兵を俺に押し付けようとしたこと、そして何よりアルフォンス大公国に手を出したことの代償は、高く付いたんじゃないか?

 向こうもこちらに気付くと恨みがましそうな視線を向けた。

 まぁ暫くの間は、自分で蒔いた失態が招いた不幸を存分に味わってくれ。

 それで死んでくれるなら俺もあとが楽だろうからな。

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