第33話 ホランド軍侵攻

 ベルジク王国がホランド王国と国境を接するアンベール州は大騒ぎとなっていた。

 

 「所属を名乗らなければ、この関を通ることは叶わず!所属と目的を名乗られたし!」


 ベルジク側の検問を守る兵士が、夜も明けぬうちからやってきたホランド軍に対して寝ぼけまなこ誰何すいかする。

 

 「名乗るも何も見ればわかるだろう!目的はベルジクへの侵攻だ」


 ホランド軍の先鋒部隊を預かるアウウェルケルク将軍は、そう言って鼻で笑うと手をすっと上へと伸ばした。

 その合図に合わせて弓箭兵は、弓に矢をつがえ槍兵は槍を構える。

 それを確認するとアウウェルケルクは手を振り下ろした。

 一斉に矢が放たれ槍兵達は喚声をあげて突撃を開始する。

 検問を守るベルジク兵は僅かに百程度、数分のうちに一兵も残さず蹂躙された。

 だがベルジク兵も役割は果たしていた。

 ホランド軍が攻撃を開始すると同時に赤い狼煙があげられた。

 それは緊急事態を示す色だった。

 ベルジク国内各所の城や砦は、狼煙を確認すると直ちに王都へと使者を走らせた。

 

 



 自身の執務室に将軍(王家直属軍の指揮官ら)を集めるとボードゥヴァンは今後の対応を協議するために軍議を開いた。

 だが、唐突の侵攻に狼狽える将軍らは生産的な意見を出すことは出来ず、業を煮やしたボードゥヴァンが自分の方針を示し周知させるだけの場となった。

 

 「えぇい、如何なるつもりだ!やはりあの時、殺して置けばよかったか?」


 ホランド軍侵攻の報せで朝を迎えたボードゥヴァンは酷く機嫌が悪かった。

 機嫌が悪い原因はホランドからの予想外の侵攻だけではない。

 

 「全く、アルフォンスに向かわせた連中もグズグズしおって!」


 アルデュイナの森は最早、完全な膠着状態で戦局は動きそうにもない。


 「やはり儂が直々に指揮をするべきであったな」


 怒りを顕にそう吐き捨てると酒を煽った。


 「アルデュイナで散歩をしている無能どもを呼び戻せ!」

 「しかし……それでは……」


 籠城戦となると、味方の士気は落ちる上に軍隊が撤退した後の領地は、敵に荒らされ兼ねない。

 それを憂えて言い募る将軍もいたがその申し出を一蹴した。


 「アルフォンスの二千もホランドの軍勢も纏めてこのブラバント城で迎え撃つ!それしか活路はないッ!」


 ボードゥヴァンが不機嫌を顕にしながら断言すると異論を唱えらることが出来る将軍はいなかった。

 そして即日、国中の貴族の私兵も集められることとなった。

 

 



 「ん?敵が退いて行くな」

 「そのようですね」


 自らも最終防衛線となった塹壕に隠れていたヴェルナールは、塹壕から出ると大きく伸びをした。

 

 「ノエル様、ご報告が!」


 そこに間諜の一人が駆けてくる。


 「ベルジク軍のことでしょう?閣下がおられるので閣下に直接話して」


 ノエルの部下がヴェルナールに向かって即座に跪く。


 「面を上げろ。で、報告というのは?」

 「はっ!ベルジクにホランドが侵攻を開始致しました!」


 間諜の報告を聞くとヴェルナールは笑った。


 「はははっ、そうかそうか!イェンセンがやってくれたか!」


 ヴェルナールがイェンセンに託した戦略が功を奏したのだ。


 「閣下、敵の尻に噛み付いてもよろしいか?」

 「今が好機よ!」

 

 そこに騎兵を率いるトリスタンとブリジットが攻撃を進言する。

 だが、ヴェルナールは首を横に振った。


 「悪いが攻撃は行わない」

 「何でよっ!」


 ブリジットが不満そうに食ってかかるがヴェルナールはニヤリと笑って言った。


 「両国には疲弊してもらうのさ」


 この時、すでにヴェルナールの脳内では父を殺したエルンシュタットを滅亡させるための策が練られていた。

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