第32話 ホランド

 イェンセンは、アルフォンスから帰国する道すがらベルジクとホランドの両国にも立ち寄った。

 ベルジクには停戦と援軍を、ホランドにはヴェルナールの書簡に従って、ある話をそれぞれ持ちかけた。

 ボードゥヴァンが停戦に応じるはずもなく、イェンセンは結果としてホランドを頼ることとなった。

 

 「何?ベルジクに対して軍隊を差し向けろと?」

 「そう申し上げました。今、ユトランド評議会の調和を乱しているのは間違いなくベルジクでしょう」

 「それは……事実なのだが……しかし隣国に軍隊を差し向けるなど……」

 

 もちろん、これまで友誼を交わしていただけあってヴィレム国王は渋る。


 「なら、少しばかり考え方を変えましょうか」


 イェンセンは、ヴェルナールから受け取った書簡の一枚を取り出すとそれをヴィレムへと渡した。

 ヴィレムは、それをしばらく黙読すると書簡を取り落とした。


 「こ、これは……」

 「そうです、アルフォンスの諜報網による調べ書きにございます」


 書かれている内容は、ベルジクが買い付けた武器の類についての情報だ。

 そしてベルジクの使者がヴァロワ朝へと足を運んでいることについても書かれている。

 前者については、確かな記録で後者についてはヴェルナールによって捏造だ。

 だがこの際、真偽の程はヴェルナールにとってもイェンセンにとってもどうでもいいことだった。


 「武器の買い付けとヴァロワ朝に使者を送っていること、軍を動かしずらい冬季にベルジクが、わざわざアルフォンス大公国へと侵攻を行っていることが何を意味するのか分かりますかな?」


 これだけのピースが揃えばパズルは組み上がる。

 

 「春になればベルジクは我が国に侵攻すると申すのか……?」

 

 信じられないという表情で彼は、落とした紙を拾うと何度も目を通した。


 「その可能性が極めて高いと言えましょう。そこで先程、ベルジクに対して軍隊を出して頂きたいと申し上げたのです」


 ここまで、全てヴェルナールの書いたシナリオどおりだ。

 イェンセンがヴェルナールから受けとった書簡の二枚目には、交渉についての指示まで書かれている。

 外交官としての能力を疑われているようで思うところが無いわけじゃないが、イェンセンは内心かなり驚いている。

 この場にいる訳でもないヴェルナールの書いた交渉の指示は正確で、全てを予見しているとさえ思えてしまう。

 さて、ここからが本番だとイェンセンは深く息を吸った。


 「今、ベルジクの主力はアルデュイナの森で、アルフォンス軍と一進一退の攻防を繰り広げております。これはベルジクを黙らせる好機でしょう。今ならばブラバントを陥落させることは容易いのです!」


 そう言うとイェンセンはヴィレムに詰め寄った。

 六千の軍勢でアルフォンスとの戦争に踏み切ったベルジクは、ブラバントの守備隊を僅か八百程にしていた。

 ベルジクと似通った国力を持つホランドは、ベルジクと同程度の兵力を動員できる。

 城に篭る八百程度が相手なら簡単に捻り潰すことが出来るのだ。

 

 「わ、わかった。軍を出そう」


 先程まで顔を渋らせていたヴィレムはイェンセンに押されて軍隊を出すことを承認した。

 かくして、ホランドのベルジク侵攻が決定した。

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