第34話 和平の使者
ブラバント城を巡る攻防戦は、始まってから既に一週間が経過していた。
兵力の集まりが悪かったベルジク軍も、どうにか四千程を集めて籠城をしており、それを囲むホランド軍は少しばかり増えた七千程度だった。
古来より城を攻略するには敵の三倍の兵力が必要と言うが、ホランド軍にそれだけの兵力は無い。
そして籠城するベルジク軍にも打って出るだけの兵力が無い。
双方決め手が無いのだ。
だが、ベルジクとホランドの睨み合いも間もなく終わろうとしていた。
それは籠城戦開始から七日目の夜のこと、
「そろそろ交代の時間だ。お前達は休め」
「おぉ、そいつは助かるぜ」
ブラバント城内には、厭戦気分が蔓延していて開戦時程の緊張感は既になかった。
それは当直の警備兵も同じで、同じ仕事をする仲間にいるはずも無い新顔に疑うことなく仕事を任せた。
「思ったより仕事が捗りそうだ」
「閣下の予測が見事に的中したな」
二人の男達はそう言うと食料庫へと入っていった。
それからしばらくして―――――
「食料庫から火が出たぞ!」
「消せ!消さんか!」
「油に引火した!」
「巻き込まれるぞ、逃げろ!」
夜を焦がさんばかりに燃え盛る火に、城内は混乱状態に陥った。
油に引火したために火災は面白いように拡がる。
もちろん、火事を起こしたのは「アルフォンスの目」とも呼ばれる間諜の者達だった。
というのも攻城戦が始まって初日こそ、ヴェルナールの目論見どおりにベルジク軍とホランド軍が激しく入り乱れての戦闘になったが、二日目以降戦闘は小康状態へと変わった。
牽制目的の小規模な戦闘はあったものの大きな戦闘には発展せず双方の犠牲者数は微々たるものだった。
それに加えてユトランド半島を完全掌握したスヴェーア軍がダンマルクの王都のあるシェラン島の隣、フュン島への攻撃を開始したとの報告があった。
ベルジクとホランドに力を削ぎ合って貰うことと、ダンマルクがスヴェーアに取られることとを天秤にかけたヴェルナールは、北方のパワーバランスが変わることを踏まえて、ベルジクとホランドの戦闘を強制的に終わらせる策を選んだのだった。
そして火事のあった翌日、ヴェルナールは漆黒の甲冑を纏ったアヴィス騎士団を引き連れブラバント城へと向かった。
「我が名は、アルフォンス大公ヴェルナールである。停戦交渉を取り纏めに参った!」
もう少し躊躇いがあるかと思ったが、随分と即答だったな。
やはり食料が尽きたのは痛手だったか。
「閣下私はどうしていれば良いでしょうか?」
「今回は俺の傍にいてくれ。追い詰められたベルジクが何をするかわからんからな」
「かしこまりました」
ベルジクからすれば俺のことは、自分の縄張りに丸裸でのこのこやって来た餌にも見えるだろう。
「こちらでお待ちです」
案内役のベルジク兵に応接室へと通される。
そこが和平交渉の場だった。
さて、この戦争が終わってみれば俺が一番の利益を得ている、そうなるよう立ち回るか……。
そう考えながら俺は応接室の扉を開けた。
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