第30話 北の眠れる虎

 時間は少し戻ってアルフォンスとベルジクが戦闘状態となる前の日の早朝。


 「あのような美味い話を持ちかけたら断るわけには行くまいなぁ。そうは思わんかね、フェルセン?」

 「誠に持って左様ですな」


 ヨハンソン将軍は港湾都市ゴートボーグに集結させた軍船を見ると言った。

 海岸に集まったのはダンマルク王国への侵攻を行うと見せかけるの部隊だ。

 しかしそれにしては、兵力が過剰だった。

 海岸には一万二千の兵士とそれを運ぶための軍船が大量に集められているのだ。


 「だが、ただただアルフォンス公の言う通りにしても芸が無い。我らが王は、そこのところをしっかりわかっておられる」


 ヨハンソン将軍はニヤリと意地の悪い笑みを浮かべた。

 ヴェルナールが、ユトランド評議会会議をお開きにさせるために取り引きを持ち込むと  スヴェーア王オストルは、その取り引き内容を快諾した。

 だがオストルもただの王ではなかった。

 ヴェルナールの要求に応じて即座に兵を動かした。

 ヴェルナールはこれに満足したわけなのだが、オストル王には別の魂胆があった。


 「攻勢が失敗してもアルフォンスの責任にできる、少しは気楽にやれそうじゃないか」

 「さすれば、ユトランド評議会内部に不和を作り出すことができる。どちらに転んでもその後に繋げられるというわけか」


 ヨハンソン将軍とフェルセンが言う通りでオストルは、ヴェルナールの要求をダンマルク侵攻の良い口実としたのだ。

 かくして今に至るというわけである。

 

 「さてそろそろ出港しようか」


 ヨハンソン将軍は慣れた手つきで縄ばしごを登り軍船へと乗り込んだ。

 それからしばらくして無数の軍船が一斉に岸を離れていった。

 そしてその日の正午過ぎ、ゴートボーグをった軍船は、ユトランド半島の沖に現れた。





 「な、なんだ……あの数は!?」


 スヴェーアとの戦争に備えて半島に建てられた小規模な要塞は大慌てとなった。

 

 「と、とにかく砲兵は撃て!」


 要塞にある三門の大砲が火を吹くが、遥かに多い砲声が軍船の方から響いた。

 軍船に搭載されている旋回砲である。

 小型の大砲ではあるものの、砲撃されることを想定して作られていない要塞を潰すには十分だった。

 スヴェーアの軍船は、数の力をもってあっという間に要塞へと弾を夾叉させて来た。

 そして要塞をあっという間に消し飛ばしてしまう。

 スヴェーアがユトランド半島へと侵攻したことは、ダンマルクとユトランド評議会参加国にとって完全に予想外だった。

 というのも、これまでスヴェーアとダンマルクの戦争の舞台は、専らダンマルクの王都があるコーベルヘイゲンやその周囲だった。

 それ故にスヴェーアが兵力を沿岸部に集結させているという情報を得ると、即座に兵をコーベルヘイゲンへと終結した。

 無論、ユトランド半島にいた兵士達もまたコーベルヘイゲンに集結させられた。

 だが蓋を開けてみればどうか、コーベルヘイゲンに部隊を集結させたかいなく、スヴェーア軍はユトランド半島へと来ている。

 スヴェーア軍は、他のユトランド評議会参加国と接するユトランド半島一帯を占領しようとしているわけだ。

 ダンマルクの主要都市であるオーデンセもコーベルヘイゲンも半島から海を挟んだ島にあるため海上に孤立させられる形となった。

 完全に予測が外れる展開となったダンマルクの辛く長い戦いは、こうして幕を開けた。

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