第28話 夜襲

 賑やかだった敵の野営地も夜がふけるにつれ、静かになった。

 時間は夜半から一時間が経過したくらいか、野営地で起きている者と言えば僅かに数名の歩哨がいるだけだ。

 早朝からの侵攻に備えて寝ているのだろう。

 アルデュイナの森を抜ける街道沿いに少し広く除雪を行った場所にベルジク兵達は野営していた。

 というのもそこに野営させるためにわざと広く除雪したのである。

 敵に情報を与えないよう暗闘に長ける諜報部隊を密に配置して徹底的に敵の斥候部隊を排除させた。

 そして今まさに夜襲を行おうと国境のアルフォンス側に待機する騎兵は馬に猿轡を噛ませているため、物音を立てることも無い。


 「銃兵、配置につきました」


 銃兵隊の指揮官から報告を受けるとヴェルナールは大きく頷いた。

 戦端を開くのは敵の野営地を取り囲むように配置した銃兵達だ。

 まさに戦いの火蓋を切って落とす、というわけである。


 「よし、発砲させろ」

 「かしこまりました!」


 銃兵隊の指揮官が部下に命令を伝播させると森のそこここから発砲音が響きはじめた。

 




 ダダダーン!ダダダーン!

 森に突然響いた破裂音に惰眠を貪っていたベルジク兵達は、跳ね起きた。


 「何が起きた!?」

 「俺たち、囲まれてないか……?」

 「は、腹が熱いッ!」


 破裂音の正体がマスケット銃とは知らないベルジク兵達は取るものも取りあえずの大慌てとなった。

 そしてそこに五百の騎兵が現れる。


 「全騎、突撃!」


 ヴェルナールの一声のもと、騎兵達が速度を上げた。

 馬蹄が地響きをあげながら野営地へと迫る。

 アルフォンス側の方が高度が高いためにその突撃の威力は平地のそれよりも強い。


 「誰か灯りを持て!」

 「な、なんだこの音は!?」


 夜の冷たい空気が漂う森を突き破るように駆ける騎兵達は、野営地へと突っ込んだ。

 迎撃態勢の整っていない敵をひたすらに蹂躙していく。

 馬蹄に踏み躙られ、あるいは蹴り飛ばされていく味方の姿を見たベルジク兵達の中には逃亡を図ろうとするも者も多数見受けられる。

 だがベルジク軍六千に対して夜襲を仕掛けたアルフォンス軍は銃兵をいれても八百程度。

 その銃兵達は既に退却しているから実施は五百だ。

 多勢に無勢であるという状況には変わりない。


 「槍衾を作れー!」

 「「おお!」」


 やがて少しずつ衝撃から立ち直り始めたベルジク兵達は、槍衾を作り騎兵達に対抗し始めた。

 ちらほらと槍衾の餌食となる騎兵も出始める。

 落馬した騎兵の末路は見るも無惨だ。

 歩兵が寄ってたかって槍を突き刺すのである。

 その様子を見て舌打ちしたヴェルナールは、即座に撤退を判断した。


 「全隊、退け」


 短くそう言うと自らも踵を返した。

 どこまでも統制のとれた騎兵達は、潮が引くように退却していく。

 その後に残されたのは夥しい数のベルジク兵の骸だった。

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