動乱の冬
第27話 アルデュイナの森
帰国してから大陸情勢は目まぐるしく変わった。
なかでもアルフォンス大公国の西の隣国、ヴァロワ朝のアンリ二世が後継者を指名することなく崩御したことは、とりわけ大きな情勢変化と言えるだろう。
カロリング帝国に次ぐ大陸の大国だったヴァロワ朝は、二人の王太子による王位継承権と派閥争いの戦場へ姿を変えた。
さらにはスヴェーア王国がダンマルクへの侵攻のために兵力を集めたという噂が流れユトランド評議会の会議は何も成果を残すことなく終了し参加国代表達は帰国することとなった。
これに関しては、俺が関与している。
会議を終了させるために、ユトランド評議会内の情報を流す代わりに侵攻すると見せ掛けるよう兵力を集めてもらったのだ。
予想外の番外戦術は上手い具合に刺さることとなった。
そしてもう一つの大国、カロリング帝国は東の隣国オストラルキ大公国との戦争に突入した。
カロリング帝国陣営とイリュリア半島諸国の支援を受けるオストラルキ大公国の戦争は泥沼化するだろうと言うのが現在の見解だ。
だが俺にとって重要なことは、これらのどれでも無い。
大陸各地で後に「動乱の冬」と呼ばれる歴史的転換点を迎えようとしている中、アルフォンス大公国も一つの危機を迎えようとしていた。
北の隣国ベルジク王国が六千の兵力を擁して王都ブラバンドを出立したのだ――――。
◇◆◇◆
―――アルフォンス=ベルジク国境―――
「連中が来るよりも早く到着したな」
「寡兵であることが、幸いしましたな。動きやすくて助かります」
「笑えない冗談だな」
エルンシュタットが派遣した討伐軍との戦闘で快勝したとは言え、その傷は癒えてはいなかった。
そのため動員できた兵はブリジットの率いる胸甲騎兵を含めても僅かに二千二百程だ。
「まぁ、ヴェルナールがいるし何とかなるわ」
横で楽観的観測をしているのは、今日も馳せ参じてくれている幼馴染のブリジットだ。
「あぁ……だがこのままだと寒さに負けて逃げ帰ってしまいそうだ」
「閣下の方が冗談も上手なようですな……っと、娘が帰って参りました」
トリスタンが生い茂る木々の向こうを指さした。
その先には雪煙をあげて馬で駆けてくる白い外套を纏った集団がいる。
彼らは、「アルフォンスの目」とも評される間諜の者達だ。
その先頭を駆けるのは、トリスタンに代わって補佐役に就いたノエルだ。
俺の目の前まで来たところで、馬の足を止めヒラリと馬から飛び降りた。
「敵情を見てまいりました」
「どうだった?」
「敵は六千五百程、進軍のペースから判断しまして、この森で野営をするつもりかと思われます」
その報告は、昨日の軍議で上がった予想通りだった。
「やはり早朝から我が領内に侵入するつもりか……」
「その線が濃厚ですな」
「それなら昨日立てた作戦のままで問題ない。今のうちに兵達を休ませておけ」
「御意」
立てた作戦とは、すなわち夜襲だ。
行軍に疲れた敵の野営地に夜襲を仕掛ける。
アルデュイナの森は幸いにして雪に閉ざされている。
こちらが近づく音が雪に吸われて相手は気付きにくい。
アルデュイナの森をベルジクに向かって抜ける街道には最低限の除雪を行ってあるから、夜襲の際はそれを使えば雪を掻き分け前進するようなことにはならないだろう。
夜襲の際はマスケット銃を四方から敵の野営地に撃ち掛け混乱させてから騎兵による突撃を敢行する。
これによってこの戦いの主導権を握るつもりだ。
そして夜が開けたら森一帯に作り上げた塹壕陣地を使い遅滞戦闘に務める。
これを夜まで継続し夜襲を行う。
あとはこれの繰り返しだ。
不意打ちを繰り返し行うことで、敵の肉体だけでなく精神まで削ることが目的だ。
あとは、どちらが先に倒れるかの持久戦である。
やがて――――夜の帳が降りた。
攻撃のときは近い。
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