第26話 仕掛け

 「ここに来ると過日の負け戦を思い出していかんな」


 メクレンブルクは、モーゼル川の河畔に立つと言った。


 「今なら勝機はあるやもしれません」


 側に立つ彼の補佐官がメクレンブルクの様子を気にして言った。


 「ふっ、一万近くも兵を集めて負けた相手だぞ?それに優秀な主人の元には優秀な者が集まる。守りを固めている将も優秀だろうよ」

 「それもそうですね……しかし小官は驚きました。ヴェルナール公が私達に動員をかけた理由に」

 「エルンシュタットの西部国境に陣を強いてアルフォンスに圧力をかける。エルンシュタットに怪しまれない理由としては完璧だ」


 独立したアルフォンス公国との戦いによりエルンシュタットは兵力を著しく損なっていた。

 そこにアルフォンスが付け込めなくするという名目での出兵。 

 エルンシュタット王国からすれば、疑うべくもない話だろう。


 「しかし、良いのですか?エルンシュタット王国を欺くような行為をして」


 真面目な副官がメクレンブルクに尋ねるとメクレン

 「私はあの男の成長が見たいのだよ。そして可能な限り支えたいとも思っている」


 捉えられた際の助命の条件がアルフォンス公国に尽くすことだったとは言え、敗戦以降メクレンブルクはヴェルナールの才を見抜き心酔していた。

 

 「閣下がそう仰るなら構いませんが……」

 「ヴェルナール殿がどのような結果を持って帰ってくるか見物だな」


 そう言うとメクレンブルクはモーゼル川の流れに小石を放った。

 そして放り込まれた小石を見つめメクレンブルクは、戦乱の大陸に生まれた小国アルフォンス大公国をその小石の姿に重ねた。


 



 でかした、メクレンブルク!

 これで帰国の理由が出来た。


 「エルンシュタットの軍勢が我が領地に迫っているため、私はここで会議を退席させていただきます」

 

 意外そうな顔をしたのはボードゥヴァンだった。

 それもそうだろう、自身が攻めようとした国が突如、別の勢力に攻められそうなのだから。


 「それは、なりませんぞ!」


 慌てて止めに入るスキョル。


 「自国の窮地に手をこまねいていろ、とでも言うので?」


 強気に攻めの言動をとる。


 「それは……ですが今は大事な会議中で!」

 「では、如何程の援軍を出していただけるのですか?」


 参加国の統一した意思決定すらできていない状態のユトランド評議会に援軍を出すことは無理な話だ。


 「殿下、アルフォンス大公国を引き留めるためにもダンマルクから援軍を!」

 「それはならん。北の抑えを手薄にすることは出来ん」


 スキョルは、頼みの綱のアガンチュールに援軍の要請をするが、にべも無く断られる。


 「宰相閣下、ここにおられますか!?」


 そこに一つの文を持った男が会議の場に現れた。


 「お前は馬鹿か!ここは国際会議の場だぞ!」

 「しかしながら、早急にお伝えしなければならない件が!」


 押し付けるように男が文をスキョルに渡すとスキョルはしばらくの間、言葉を失った。


 「これは誠か……?」

 「スヴェーアの密偵よりの報告、間違いございません」

 

 漏れ聞こえる言葉に全てを察したのかダンマルク王アガンチュールは目を瞑り天を仰いだ。


 「宰相スキョル、今よりここに居られる各国王達の身の安全を守るよう手配せよ」

 「は、ははっ!かしこまりました!」


 どうやら仕掛けたもう一つの仕掛けが回り出したらしかった。


 「どうやら今回は、これ以上見るべきものも無さそうだ。帰国させてもらおう」


 ボードゥヴァンも席を立った。

 なるほど、エルンシュタットと俺がやり合っているうちに侵攻しようという考えか。

 冬だというのに積極的に軍隊を動かす、これが意味することは明白だ。

 それは早々にアルフォンス公国領を併合し、春から本格的に別の方面で動くということ。

 別の方面……ベルジク王国周辺の地理を頭にめぐらす。

 そして出てきた答えは――――――港か!

 ホランドには大陸最大の貿易港であるゾイト港がある。

 ボードゥヴァンの真の狙いがそこにあるとすれば納得の行く話だった。

 そしてこの会議を生産性のないものに変えることで自身が春に、ホランドに侵攻してもユトランド評議会としての援軍がホランドに出されることは無い。

 ボードゥヴァン……やはり野心家と呼ばれるだけあるな。

 もう少し気づくのが遅れていたら手遅れになるところだった。

 今回の会議は、その野心を上手く利用した形となったが……。

 

 「それでは私は、これにて失礼します」


 軽く会釈をすると足早に会議の場を去る。

 ベルジク王国と国境を接するアルデュイヌの森にベルジク軍が現れたのは、それから七日後の事だった。

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