第16話 ユトランド評議会

 「ただ外遊しに来たわけじゃあるまい?」


 そう訊くと


 「回りくどいのは嫌いじゃ。単刀直入に話そう」


 晩餐の席でエレオノーラは言った。

 彼女が咳払いをすると、他の随員達は一斉に席を外した。


 「アウローラは、この場に残してもよかろう?」

 「アウローラとは補佐役の名前だったのか」

 「そうじゃ。気に召したのなら夜の接待役でも務めさせようぞ」

 「は、破廉恥だわ!」


 そんなのダメよ!とブリジットが体の前で手をクロスさせた。


 「良いでは無いか。そろそろヴェルナールも女子おなごを決めてもよい時期じゃろう」

 

 まぁ確かに……それはそうなのだが、アルフォンス大公国はこれからが大忙しなのだ。

 女にうつつを抜かしてる場合じゃないのが現状だから結婚する気は無い。


 「それともアウローラは嫌か?」

 「いや、そういうわけじゃない。アウローラ殿は見た目麗しい。だが今、そんなことをしている余裕は無い」

 「むぅ……ならば妾でも?と言おうと思ったがそういうわけには参らんか」


 アウローラに「殿下、はしたないですよ」とたしなめられている姿を見ると良い主従なのだと思う。


 「ならば本題に入ろう」


 そう言うとエレオノーラは一枚の書状のようなものを取り出した。

 差出人はダンマルク王国宰相スキョルとなっている。

 内容を要約すると『沿岸諸国の防共と共栄のための機関、ユトランド評議会の開設』といったところか。


 「間諜がダンマルクを出た使者を捕まえて奪ったものじゃ」

 「これは厄介だな」

 「そうであろう。北洋に面する国家はどれも小国じゃが奴らが結束するとなれば話は変わる」


 つまりはこういうことか。

 北洋沿岸国家は結束する。

 そしてそのうちの一国が例えば公国うちに侵攻したとして負けたとする。

 そのとき、公国うちが逆侵攻しようとすると共同防衛協定があるからその一国は守られる。

 そしてエレオノーラの目論見は、この外遊により帝国が公国うちの独立を承認したという形で周辺諸国に独立国として認識させること。

 当然ユトランド評議会に目をつけられて危険になるから帝国に与しないか、と提案する。

 

 「だが帝国陣営に加わったところで支援は期待出来そうにない」

 「む、何故じゃ?」

 「距離が開きすぎてると思わんのか?隣接しているならまだしも、いくつかの国を跨がないとここへは到着しない」

 「それはそうじゃが……」

 

 確かに俺の身を心配だというエレオノーラの気持ちも含まれるのかもしれない。

 それはありがたく受け取って置くとして一国の指導者となった今、他国の思惑に自国を委ねて危険に晒すことはしたくない。

 

 「帝国陣営国家アルフォンス大公国がユトランド評議会国家に隣接している。仮に帝国がバックにいるとしても、実際のところ公国うちは飛び地みたいなもんだ。格好の狙い目だろ?」


 ユトランド評議会からすれば勢力拡大中のカロリング帝国は、いずれ敵になるかもしれない国家。

 その陣営に参加する国家が近くにあるとなれば潰すのが常道だろう。


 「そうか……残念じゃったな」


 俯きがちに言うエレオノーラには申し訳ないが。

 だが、帝国との同盟というのも一考の価値がある。

 完全な帝国陣営になるのが問題なのであってそれが不完全なのであれば、或いは疑惑程度であるならばそこまで問題は無いはずだ。


 「そうだな、口約束程度であれば帝国寄りの立場でいる、と言えないわけじゃない」


 エレオノーラだって何の成果もなく帰るわけにはいかないだろう。

 これが唯一俺がエレオノーラに今、してやれることだ。

 口約束では効力がない。

 だが影響が無いわけじゃない。


 「……その言葉を引き出せただけでも妾として十分の成果じゃ」


 しかしこの二日後事態は予想外の方向へと進んだ。

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