第13話 戦勝

 「北の丘より敵勢、来ます!」


 おびただしい馬蹄の音、そして土煙。


 「今すぐ、部隊を呼び戻せ!」

 「間に合いません!」

 「防御陣形、急げ!」


 討伐軍の本陣に残された四百の部隊が取るものも取りあえず、防御陣形を築こうと動き出す。


 「態勢を整えさせるな!」

 「「おぉぉぉぉっ!」」


 だがその努力も虚しく、重装騎兵と胸甲騎兵が喚声を上げながら討伐軍へと突っ込んだ。

 速度に乗った重装騎兵の突撃を遮るものは何も無い。

 蹄にかかり、あるいは馬上槍の錆となり骸の山を築いていく。

 まさに無人の荒野を征くが如くだ。


 「バーデン隊、突破されました!」

 「アルニム隊、壊滅!」


 次々とメクレンブルク公を守る部隊が屍と化していく。


 「馬の用意が整いました!」


 自分だけは逃げ延びようと部下に用意させていた馬に跨ったメクレンブルク公は、後ろに目もくれず馬に鞭をくれた。


 「むんっ!」


 しかしそれを逃すほど、アルフォンス勢も優しくは無かった。

 ヴェルナールが投擲した槍が馬上のメクレンブルク公の肩に深々と刺さる。


 「ぬおっ!?」


 槍の勢いを殺しきれずにメクレンブルク公は落馬した。

 それでもどうにか逃げようと立ち上がるが


 「逃さないよ!」


 ブリジットが矢を放ちその脚を射抜く。


 「小娘がぁぁっ!」


 痛みに苦悶の表情を浮かべメクレンブルクが叫ぶ。

 未だに討伐軍とヴェルナール率いる騎兵が入り乱れる中、戦場の端にいるメクレンブルク公に構う者はいない。


 「メクレンブルク公、お久しぶりですね」


 地面を這いずるメクレンブルク公に馬を寄せたヴェルナールは挨拶をした。


 「なぜ……貴様らがここに……」

 「ちょっと飛んできました」

 「は?」




 諦めからかメクレンブルクは、その場にどっかり座ると腰に帯びた剣を置いた。


 「冥土の土産に詳しく聞かせろ」

 「死ぬ覚悟はお決まりですか?」

 「あぁ……もう勝ち筋はないだろうからな」

 

 トリスタンがメクレンブルクを捕縛した旨を吹聴して回る。

 討伐軍の本陣にいた敵兵の残りは、武器を置き投降の意志を示した。

 じきに峠で友軍と戦っている敵部隊にも伝わるだろう。


 「飛んできたというのは、ちょっとオーバーな比喩です。最初から私は独立宣言の後に戦争があることを見据えて宣言前から動いていました。討伐軍内に裏切り者がいると流したのも私ですよ」


 つまびらかにされる計略にメクレンブルクは悔しそうな表情を浮かべた。


 「一日目で大敗を喫した、それに加えて補給物資が足りないともなれば時間も限定される」

 「で、今日の総攻撃を予想したと」

 「予想、と言うと少し違いますね。そうなるように仕向けた、と言った方が近いかもしれません」


 フィリップの物資に関する計略がなければ、他国を動かす手筈だったんだがな。


 「そして劣勢を装い、我が軍勢を釣り出しクレルヴォーから回り道をして奇襲を行ったか……?」


 ここまで言えば流石に作戦の全貌が見えてくるか。

 

 「そういうことです」


 こうも簡単に作戦通りに進んだのは、相手に焦りがあってこそなのだろう。


 「ふん……そうか……。これ以上生き恥を晒すことはしたくない。殺せ」


 自嘲気味に笑うとメクレンブルクは、剣を俺へと手渡した。

 確かに敵将を討ち取ったと喧伝して回るには殺してしまうのが丁度いいかもしれない。

 なにしろ、相手はエルンシュタットの貴族の中でも重鎮だ。

 だが殺してしまえば、それ以上に利用することは出来ない。

 だから――――俺とアルフォンス大公国の価値を高めるために使う。


 「残念だな、殺すことはしない。俺の元で今後は、その剣を振るってもらおう」


 メクレンブルクは驚いたような表情を浮かべた。


 「……裏切る可能性は考えないのか?」

 「なに、一度勝った相手だ、裏切ったのならもう一度勝負をして勝てばいいだけのこと」

 「随分と自信があるようだ」


 そういうと、メクレンブルクは部下に支えられて立ち上がり臣下の礼をとった。

 




 大陸規模で見ればアルフォンス大公国の独立は、ちっぽけな話だ。

 だがそれが大陸を揺らす大きなうねりとなることをこの時、誰が知っていただろうか。

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