第12話 決戦の日
「いつもならこの時間、呑気に朝食食べてるんだがなぁ……」
「今だって呑気に朝食食べてるじゃない」
ブリジットが呆れ混じりにツッコミをいれる。
「いや、それだけじゃないさ。フィリップから書簡が届いたからそれも読んでるところだ」
「討伐軍に参加してる兄さんから?」
「正確には参加していた、だな」
ブリジットは、わからないと言いたげに首を傾げた。
書簡に書かれていた内容は、討伐軍に糧食を含む物資がないこと、残りの兵数が七千五百程であること、フィリップが討伐軍から離脱したことだった。
「簡単に要約するとだ、メクレンブルク公と喧嘩したから面倒になって討伐軍やめたわ、ってところらしい」
「はぁっ!?それじゃあ、うちも咎めを受けるじゃない!!あのバカ兄貴!!」
俺は今頃、執務室でダラダラしているだろうフィリップの姿を想像した。
「まぁ、安心しろ。今からメクレンブルク公を討ち取れば何も問題は起きない」
貴族諸侯共は討伐軍敗北の責任をメクレンブルク公に押し付けるだろうし、討ち取ってしまえばフィリップが討伐軍から離脱した事実も揉み消せる。
「第二陣地、まもなく突破されます!」
「わかった、第三陣地でもう少し粘れ」
「ははっ!」
二度の戦闘を行った昨日に引き続き今日は朝から討伐軍が攻撃を開始していた。
その勢いは猛烈で峠道沿いに築いた防衛陣地が次々と食い破られていく。
「流石に戦略もクソもないと兵力差がものを言うな」
普通に戦っているのなら今の戦局は結構マズイと言えるだろう。
だが今回は普通に戦っているわけじゃない。
何しろ「適当に戦ったら後ろに下がれ」という命令を出してある――――劣勢を演出するために。
本格的に粘るのは四つめの陣地からだ。
将兵も俺の立てた戦略を信じてくれているのか、状況的には負けているにも関わらず士気は一向に下がらない。
「ブリジット、そろそろ行くぞ」
「準備は整えたわ!」
俺は愛馬タナトスに跨った。
「伝令!敵の軍勢、さらに後退する模様!」
「ははは、戻って伝えよ、そのまま敵を押して押しまくれとな!」
「ははっ!」
メクレンブルク公は昨日の不機嫌が嘘のように高らかに笑った。
なにしろ、次々と敵の防衛陣地を突破した報告が舞い込むのだ。
昨日の負けが一転して今日は順調。
いや、順調過ぎると言ってもいいほど。
「最初から、こうすれば良かったのだな!オーデンセ、さらに一隊を連れて加勢してこい!」
「いや、しかし……本陣が手薄になるのでは?」
「敵は目の前で、我が軍勢に押される一方、どこにここを襲撃するだけの余裕がある」
「それは……」
「私は今、機嫌がいい。この機嫌を損ねぬよう、早く行け!」
半ば追い払うかのように部下に命令を下すと本陣の守りの一隊を峠へと差し向けた。
しかし、昼頃になるとメクレンブルク公は不機嫌そのものだった。
「申し上げます!敵の守り固く、敵陣地が突破できません!」
無論、原因は伝令兵からの報告だった。
「先程まで順調だったというに、なぜ今になって調子が狂う!?」
朝から攻撃を開始した討伐軍は立て続けに三つの陣地を突破したのだ。
誰もがその後も順調に進んでいくだろうと楽観的に予測していた。
しかし実際は違った。
四つめの陣地の攻略が始まってからというものの二時間あまり、未だに突破できていなかった。
居並ぶ諸侯は触らぬ神に祟りなしとばかりに口を閉ざして俯く。
「えぇいっ!こうなれば全軍をもって突破せざるを得まい!貴公らにも働いて貰うぞ!」
メクレンブルク公は本陣に自らを守るべく四百余りの兵を置き、残り全軍に攻撃を命じた。
貴族諸侯も、不機嫌なメクレンブルク公から逃げられるのなら、これ幸いとばかりに部下に命令を出すと本陣を後にする。
これがヴェルナールの仕掛けた罠だとも知らずに―――――。
◆❖◇◇❖◆
「見えたわね!」
クレルヴォーから細道を進み敵陣の側面を見据える小高い丘まで二時間あまりかけて到着した。
「敵は峠の味方しか眼中に無いらしいな」
「ホントになんでここまで予測通りなのよ……」
「敵が馬鹿だからだろうな」
「とか言って、本当は敵の中に裏切り者がいるんじゃないの?」
裏切り者ねぇ……いるにはいるか……。
思い浮かぶのは、ニヤッと笑ったフィリップの顔だ。
山賊を装って物資を運ぶ自分の部隊を襲わせるという自作自演。
妙手としか言いようがない。
「……いるかもしれないな」
「なんなのよ、今の間は!?」
「まぁ、後から全部説明してやるから」
チラリと副官のトリスタンに目配せをする。
「陣形、整いましてございます」
「ご苦労」
トリスタンを労うと大きく息を吸う。
そして連れてきた五百の騎兵に聞こえるようあらん限りの大音声で叫ぶ。
「勝機は我にあり!全軍、突撃!」
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