第11話 エマニュエル離脱

 「やったわね!」

 「さすが弟の立てた策といったところだな!」

 

 モーゼル河畔での緒戦に次ぐ勝利で一同にかいした指揮官達は誰もが明るい。


 「だが、問題はここからですな」


 気を引き締めろとばかりに咳払いをしてトリスタンは言った。

 そうなのだ、本番はこれからなのだ。


 「タクシス侯、モンジュラ伯、その他寄せ集めの諸侯部隊は、既に戦力が半壊したと言ってもいいはずだ。だが主力部隊は、無傷のままだ」

 「この調子だったらやれそうな気がするけど?」

 「確かに、こちらの損害は軽微。トリスタン、死傷者の数は?」


 さっきまで戦場だった峠道に転がる骸は圧倒的に討伐軍のものが多い。

 

 「はっ、詳細は出ておりませんが今のところ四百程かと」

 

 モンジュラ伯を捕らえたものの犠牲者の数が多いのは接近戦を行ったアレクシア隊だった。


 「差し引いて稼働できるのは三千三百か……王国直属軍は、六千と言っていたな」

 

 諸侯の部隊が半壊状態で頼りないとすれば次に出てくるのは王国直属軍だろう。

 これ程までに犠牲を出して得る物無しでは、メクレンブルク公も部隊を退けない。

 多少強引にでも攻め寄せてくるはずだ。


 「閣下は王国直属軍のみで攻めてくるとお思いなのでしょうか?」

 「それだけとは断言出来ないが、ここまで諸侯の部隊が使えないとなると業を煮やしたメクレンブルク公が本隊を率いて攻めてくるのは予測がつくだろう。それにメクレンブルク公の兵は私兵ではなく王国直属軍だ、いくら損傷を負ったところで痛痒にはなり得ない」


 ジルベールの遠慮がちな質問に答えた。

 自分の兵なら大切にするが、そうでなければ失ったところで痛みに感じないだろう。

 だからこそ、強引にでも攻めてくると予測する。

 

 「閣下のお考え、感服いたしました」

 「というわけで、真面目に相手取る気はさらさら無い。それ故に次の敵に対しての作戦は―――――」




 タクシス侯の敗北時にも負けず劣らずに険悪な雰囲気が討伐軍の陣中を支配していた。


 「モンジュラ伯が捕らえられただと!?私の顔に泥を塗るつもりか!!」


 物凄い剣幕で怒鳴るメクレンブルク公、その様子に敗北した当事者である諸侯は、いっそう萎縮した。

 そして陣中に入ってきたエマニュエル伯の副官が何事かをあるじに耳打ちしていく。

 

 「あの、大変申し訳ないのですが……」


それを受けて、さも申し訳なさそうにエマニュエル伯が口を開いた。


 「どうした?火急の案件か?」

 「そうです」


 苛立たしげなメクレンブルク公の問い掛けに即答した。


 「なら聞こう」

 「はい……じつを言いますと、ここに届くはずの物資が輸送中に略奪されました」


 一拍間を置いて討伐軍の攻勢を破綻させる事態を告げる。


 「貴公は物資を運ぶことすらまともに出来んのか!?」


 メクレンブルク公のこめかみに血管が浮き出る。


 「それを言われるのであれば、私も一言、言わせてもらいたい。最前線に兵を送っているから補給部隊の護衛が減っているのです!」

 「それをどうにかするのが貴様の務めであろうが!?」

 「どうにかしろと?それ仰るならばその方法を教えて貰いたい!」


 メクレンブルク公とエマニュエル伯の口論は次第にヒートアップしていく。


 「そんなことも思いつかんのか!?」

 「だからえある公爵殿に聞いているのです!それとも答えられないのですか?」


 メクレンブルク公から、ある言葉を引き出そうと挑戦的な態度をとるエマニュエル伯。


 「好き勝手言いおって!お主など居なくとも作戦の遂行は可能だ!今すぐここから立ち去れ!顔も見たくないわ!」

 「ならば、そうさせて貰いましょう」

 「き、貴様ぁぁっ!アルフォンスを討伐した後、貴様も討伐してくれるわ!」

 「出来るものなら結構」


 そう言って軍議の場を立ち去るエマニュエル伯の口元は笑っていた。

 

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