第10話 銃声

 「なんだ、これは!?」


 緒戦で大敗を喫したタクシス侯に変わって先鋒を任されたモンジュラ伯は、手柄を立てて名声をあげる好機とばかりに意気揚々と行軍してきたが、その闘志は今まさに折られようとしていた。


 「敵部隊が待ち構えていた様子!」


 彼の副官は、冷静に状況を分析してモンジュラに報告するが、そんなものはモンジュラの耳には入らなかった。


 「なぜだ、なぜ私がこんな目に合わねばならん!」


 まさにパニック状態だった。

 先程まで誰の姿も見えなかった山の斜面にいきなりアルフォンス兵が現れたのだから驚きである。

 というのも、斜面に掘ってあったいくつもの陣地は、木や草で見事に偽装されていたのだ。

 味方は、アルフォンス兵の矢によって次々と倒れている。


 「ここは一旦退くのが懸命かと!」

 「そ、そうだな、全隊退けぇ!」


 モンジュラ伯は、そう命令を下すと我先にと馬首を返す。

 しかしそこでさらなる問題が発生した。

 すぐ後ろに続いていた他部隊とぶつかり動けなくなってしまったのである。


 「えぇい、道を開けろ!」

 「押すな押すな!」


 動けなくなった二つの部隊は、アルフォンス側にとって格好の狙い目だ。


 「ふ、馬鹿どもが!アレクシア隊、突撃!」


 アレクシアは、ニヤッと笑うと愛馬に鞭をくれ斜面を駆け下りる。

 土埃をあげ身動きをとれなくなった討伐軍部隊に斬り込むアレクシア隊は、次々と敵兵を屠っていく。

 何しろ、先鋒のモンジュラ伯の部隊は退却するために背を向けている状態だ。

 アレクシア隊と後続部隊に挟まれる形となったモンジュラ伯の部隊は、面白いように討ち取られていく。


 「銃兵を敵第二陣の側面へ回らせろ!」


 そこにヴェルナールは、さらに追い打ちをかけるべく指示を出した。

 この戦争のために、カロリング帝国から秘密裏に購入した三百丁のマスケット銃だ。

 これを使用しての戦闘は、大陸では一度も起きていない。

 これがマスケット銃が初めて実戦に投入された戦いだった。


 「放てぇっ!」


 銃兵隊の指揮官の大音声だいおんじょうとともに天地のひっくり返るような轟音が峠にこだました。

 次々と敵兵が倒れ伏していく。

 効果は絶大だ。

 そしてその音は後方で討伐軍の指揮を執るメクレンブルク公の耳にも届いていた。


 「こ、この音は……いや、なぜアルフォンスの連中が持っているのだ!?」


 居合わせる他の貴族とは違い、メクレンブルク公は音の正体に気付いていた。

 そうマスケット銃はカロリング帝国内でしか流通していない、そのはずだった。

 他国に強力な武器が流れることを嫌ったカロリング帝国は、マスケット銃の他国への販売を禁止したのだ。


 「いつの間に、こんなものを用意してたのよ!」

 「ん?二ヶ月くらい前だ。アウローラに頼んでおいた。輸出販売がダメだから譲渡って形をとってな」


 ブリジットは、銃兵達を見つめながら言った。


 「でもアウローラって片田舎の中級貴族ぐらいでしょ?どうやってこんなに揃えてるのよ……」

 「さぁ、俺にもわからん」

 

 ヴェルナールは首を竦めた。

 

 「ただ、この戦争で勝ったら外遊しに来るって言ってたな」


 アウローラは、ヴェルナール達が留学していた際に親交が深かった帝国貴族令嬢だった。

 

 「まるで偉い貴族みたいね」

 「そうだな……まぁ、あいつに限ってそんなことには無さそうだが……」

 「アウローラが来たら、兄さんも呼んでみんなでご飯でも囲みたいわね」

 

 留学生時代を思い出したヴェルナールとブリジットは、互いに笑った。

 そして戦場へと意識を戻す。


 「そのためにも勝利を掴まないとな」

 「私の見せ場まで早送りでお願い!」


 そう軽口を叩くとブリジットは持ち場へと戻って行った。

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