第6話 モーゼル河畔
「来たな……」
モーゼル川西岸の森の中に隠した重装騎兵と弓箭兵とともに俺は様子を見守っていた。
「いよいよ私も初陣を飾れるのね!」
「そういうことになるな」
「頼れる幼馴染がいると不思議と緊張しないわ」
ブリジットは矢の手入れをしながら言った。
彼女には二百人余りの弓箭兵の指揮を任せている。
「緒戦の勝利は味方の士気を向上させる。負けられないな」
緒戦で勝てば敵の出鼻を挫き士気を減衰させ味方の士気は向上する。
「ふふん、任せなさい」
「閣下、敵の先鋒が橋の手前まで参りました」
副官のトリスタンが敵情を報告した。
敵の先鋒部隊は誰が率いているのか、気になって軍旗を探す。
規模は千程度だ、侯爵クラスだな……。
無論、例外もあるが爵位によってだいたい兵力が決まっている。
「あの旗、タクシス侯ね」
「そう言えば、エマニュエル伯領と隣接していたな」
「そうよ、うちの領地ほど農耕地がないからってちょくちょくちょっかい出してくるのよ。領民を大切にしないから統治が上手くいかないのに、馬鹿よね」
タクシス侯をこき下ろすブリジットの言うことが確かなのなら貴族の風上にも置けないな。
聞くところによれば、利に聡く吝嗇であるとか。
そのタクシス侯が王国軍に参加しているあたりアルフォンス公爵領の切り取り自由を餌として王家がまいたのかもしれないな。
「なら軽く捻ってみるか」
「後方支援は任せて!」
手柄を焦ってきたのかタクシス侯の部隊の後続の他部隊が見えない。
つまりは完全に孤立しているということか。
「トリスタン、やるぞ」
「御意」
トリスタンの応答と共に西方にアヴィス騎士団ありと知られる重装騎兵達は乗馬した。
黒塗りの甲冑は、全てを闇で覆い尽くさんとでも言うばかりだ。
「弓箭兵、呑気に歩いている川向こうの敵に攻撃するわよ!」
ブリジットはそう言うと弓箭兵を従えて森から河畔へと飛び出す。
そして―――――――
「放てぇ!」
ブリジットの命令のもと一斉に引き絞った弦を放した。
「閣下、森の中から敵の伏勢が!」
敵の姿は見当たらず、モーゼル川河畔まで順調に進軍してきたタクシス侯爵の部隊は突如受けた攻撃に蜂の巣をつついたような騒ぎになった。
「えぇい!数は、どれ程か!?」
「に、二百程です!」
苛立たしげに副官に問い質したタクシスは、その答えに舌打ちをした。
「我々の五分の一ではないか!直ちに歩兵の一隊を差し向けて押し潰してしまえ!」
「ははっ!」
その命を受けて最前列で弓箭兵の猛射を受けている歩兵は少数の重装歩兵を先頭に川を渡るべく雄叫びをあげながら走り出した。
そして狭い橋へ我先へと向かう。
それこそがヴェルナールの狙い目だとも知らずに――――。
「ブリジット隊を少しずつ下がらせろ」
伝令の兵士にそう言ってブリジットのもとへと走らせる。
「それからトリスタン、騎兵を二部隊に分けておけ」
「御意」
敵から出てきてくれるならむしろ好都合。
敵は弓箭兵の攻撃を受けながら狭い橋に集中する。
そして数を減らしながら渡り終えたところで重装騎兵によって挟撃される。
兵力にはある程度の余裕もあるから川を渡ってタクシス侯の首を狙いに行ってもいい。
どっちにしても緒戦の完勝は揺るぎない。
もうすぐだからな……俺は戦で気分が昂る愛馬タナトスのたてがみを撫でた。
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