第45話 退艦命令

「司令、退艦命令を発令してください。」

副長はそういった。


辺りを見回した。第2主砲から先の区画は原型をとどめていなかった。通信機がスピーカーモードになってしまっており、各部署から悲痛な叫び声が聞こえる。艦後方の様子も似たようなものであろう。


「・・・総員、退艦準備!」

どれだけの乗組員にそれが届いたかはわからなかった。しかし、できる限り大声で、何回も叫んだ。

しばらくすると下士官が数人、艦橋に入ってきた。

「どうした?退艦命令は出ているはずだ。早く艦から離れろ。」

「司令、通信機がいかれていたので直接伝令に来ました。先ほどこちらへ向けて救助用の駆逐艦が3隻来るとの報告が来ました。」

「ご苦労、じゃあ退艦しろ。俺は・・・。いや、なんでもない。」

言いかけたことを我慢する。

そうして下士官の2人は艦橋から離れていった。

「副長、まだ大丈夫だな?」

「後10分なら遊んでいられます。」

副長とともに梯子を登り、艦橋の上にある防空指揮所にでた。

艦後方を見た。

「こりゃあこっぴどくやられましたな。」

艦後方は前方と比べると原型こそとどめているが甲板は乗組員で溢れ、それに追い打ちをかけるように火が迫っていた。どうやら内火艇を降ろすのに手間取っているらしい。間に合わないと判断し、どんどん海へと身を投げ出していく。

艦尾のカタパルトもグンニャリと曲がっており、周りの対空銃座が飴のように溶けていた。

しばらくすると、第3主砲から金属が曲がるような異音がした。そして、大きな爆音とともに第3主砲が空高く吹き飛んだ。火災が弾薬庫まで到達してしまったのだ。吹き飛ばされた主砲の破片が甲板の乗組員を襲った。

遠くからなのではっきりとは見えなかったが、今のでかなり死傷者が出たに違いない。

目を背けるように右舷側を見た。そこには改アイオワが転覆して艦底を大きく見せている様子があった。周りには米海軍の兵士が浮いていた。

「司令、CIWSなら彼らを殺ることができますがどうしますか。」

「いや、彼らは捕虜にしよう。まぁ回収に来てくれる駆逐艦が間に合えばの話だがな。」

この後に及んでまで殺し合いはしたくない。

そして時間が来た。

艦が揺れ始めた。どんどん破砕箇所から海水が入り込んでいるらしい。

「司令、早く退艦を!」

「・・・先に行け、副長!」

「しかし、それでは!」

「いいから!・・・早く行け!」

「・・・了解!」

まだ一つだけやり残したことがあった。まず電探室へと降りていく。



改アイオワ付近の海上

「畜生!ジャップの船ごときに沈められるとは!」

「無念であります、艦長!」

「だが既に手は打ってある!」

改アイオワの副長は疑問を顔に浮かべた。

「と言いますと?」

「俺たちの救助と同時にあいつらの救助艇を撃沈するように命じてある!これで奴らに一泡吹かせてやれるぞ!」

そう話していると、遠くから艦艇の汽笛が鳴った。たまたま浮かんでいた双眼鏡を副長は手に取り見た。

「ジャップの救助艦艇、この海域に接近!」

「・・・早い、早すぎる!」

米軍の救助艦艇隊は後2時間かかると言っていた。これでは間に合わないのだ。

「くそぉ、くそぉぉ!」



『こちら、救助艦隊旗艦 初春。電探室にまだ誰かいるか?いたら応答せよ。』

「こちら敷島。司令の根東だ。」

『こ、根東司令!?なぜ未だに残っているのですか!』

「そんなことはどうでもいい。それより、要件は?」

かなり初春の通信手も焦っているようだ。少し間が空き、通信手が変わった。

『うちの部下が申し訳ありません、司令。当艦の艦長です。要件は実は敷島の機密文書があるのはご存知でしょうか?』

いくつか心当たりがあった。

「艦艇設計図のことか?」

『いえ、それも重要ですがそこまで重要ではありません。問題は作戦計画書です。』

確かにそれは重要であった。しかし、沈没してしまえば2度と得ることはできないはずであった。

「沈没するんだからいいだろ。」

『確かにそうなのですが、先ほどから米海軍兵が何名か敷島に入ろうとしているのを何人かが目撃しているのです。恐らく機密情報を探ろうとしているのではないかと。』

確かにそのままではまずい。腕時計を見ると沈むと予想される時間まで後10分はあった。これならゆっくりいっても奪って逃げれる。

『さらに、侵入した箇所は煙突付近と彼らは言っていました。』

厄介なことに煙突付近に出入り口がある。外から保管場所までの経路としては最短経路となる。

「わかった。すぐに文書は回収すればいいんだな?」

『できれば回収が望ましいですが、不可能なら焼却処分にしてください。一応、米兵の入った反対側の出入り口に内火艇を準備させておきます。』

「了解した。」

こうしちゃいられんと急いで保管場所へと向かった。保管場所は司令長官室にあった。電探室からは少し離れた場所であった。それと同時にやり残したことを片付けなければならない。



「艦長、本当にやるんですかぁ?」

「当たり前だ!情報局からのお達しだ。無視したらどうなるか分かったもんじゃない。安心しろ、こっちには海兵隊がついている。」

改アイオワの艦長と副長、たまたま乗り合わせていた海兵隊5人は情報局からの指示で保管されている作戦要項の回収を試みていた。

「艦長、こっちです!」

そして侵入から数分経ち、保管場所となっている司令長官室に到達した。情報局の指示通りだった。しかし、扉が開いていた。全員がピストルを構えた。そして海兵隊の1人がドアを蹴り飛ばす。

「手を挙げやがれ!クソッタレが!」

そう叫びながら中に入った。



「あいにく英語はさっぱりなんでね!」

米兵が何かを叫んだ瞬間、腰に携帯していた拳銃を引き抜き、眉間を撃ち抜いた。それを見た米兵が一気に突入してくる。

手元には作戦要項があった。ライターを片手にしながら銃撃戦をする。その最中に専用無線機で初春の艦長を呼び出す。

「おい、今戦闘状態なんだが作戦要項のコピーって他にもあったか?」

『いえ、そこにある一冊のみです。』

どうやら機密保持というのは案外ガサツなもんだと感じた。

とりあえずこいつは持って帰りたい。

そして、やっと海兵隊と思われる格好をした兵士は全員射殺した。しかし、唯一の護身武器であった拳銃は弾がなくなってしまった。

急いで司令室の奥にある執務室に逃げ込む。

微かに聞こえた英語では

『行け!今ならやれる!』と言っていたようだ。しかし、ギリギリのところで執務室に逃げ込んだ。何発かが体の一部を掠めていたが問題はなかった。

「あってよかったぜ。相棒。」

そこにはクーデター時に使用していた三八式歩兵銃が銃剣付きで飾られていた。あの時の兵士からなんとか頼み込んで貰ったものだった。これがやり残したことであった。弾は入っていなかったが、銃剣はあの時と同じものがつけられていた。どうやら木製部分に染み付いていた血の部分は洗い落とせなかったらしい。少し残っていた。

「よし、一気にかたをつける!」

そしてあの人同じように一気に全速力で敵の懐に飛び込む。刺突攻撃とわかったのかナイフを取り出してきた。しかし、少し遅れていた。

「遅い!」

心臓を抉るような一撃を浴びせた。しかし、もう1人のことを完全に忘れていた。

「FUCK YOU!」

そう叫びながら銃弾を俺の横腹に撃ち込んできた。それと同時に刺し殺したはずの目の前のやつが最後の気力と言わんばかりにナイフで背中を刺した。激しい痛いが襲った。

「死んでたまるかってんだよ!」

ありったけの力で目の前のやつを横薙ぎし胴体を一刀両断した。それを見た拳銃持ちは恐怖に支配されていた。拳銃を乱射するも掠りもしない。

「チェックメイトだ!」

最高峰の切れ味に仕上げられていたこの銃剣は奴の首と胴を別れさせるには十分だった。そうしてなんとか目標の確保と敵工作員の始末に成功した。

よろよろになりながらも何とか艦外に出て用意された内火艇に乗り込んだ。そして燃え盛り沈み始めた敷島に対し深く敬礼をし感謝した。

「今までありがとうな、敷島よ。」

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