第28話 神頼み

長門改まで内火艇を駆けさせた。そして大急ぎで縄梯を駆け登り、艦内中央区画の病棟区に入った。そこにいた大半の負傷者は蒼龍クルーの者たちだった。彼らに一礼をして集中治療室に入った。

「ここか、美咲がいるのは。」

勢いよくドアを開いた。

「中将!何故ここへ?ここには何にもありませんからお帰りください!」

たぶん主任担当医だろう。余程ひどい状態なのだろう。部屋に入れたくないようだ。

「容体は大体は把握している。相当ひどいのはわかっている。見させてもらおう。」

そして彼を押し退けた。そこには変わり果てた彼女がいた。

「・・・まだ死んではおりませんが、とても厳しい状態です。腕は縫合して元通りにできました。ですが、脳のダメージが深刻です。そのため記憶の一部は確実になくなっています。それがどの時期の部分かは分かりません。しかし、医学の面から申し上げると直近の記憶からなくなっていきます。」

「・・・最善を尽くせ。私もここで見守る。素人が手伝うほど危険なものはないだろう?」

彼はうなずき再び治療に戻った。

その間にも戦場は動いていた。部屋の時計が12時を指していた。一緒に来た連絡兵が無線機を俺に渡してきた。

「どうした?」

「中将、美咲さんの容体は?」

「何とも言えん。それよりも何か報告があったんだろ?」

「はい。敵主力艦隊は健在です。どうしますか?」

誤算だった。ミサイルさえ使っとけばチビって帰っていくだろうと思っていた。しかし、

「以前敵艦隊はこちらへと接近中、現在敷島もダメージがかなりきています。出雲も主砲が吹き飛んでいて戦闘能力が著しく低下しています。」

「副長、このままではまずい。だから囮となれ。」

「と言いますと?」

「味方陣まで引きつけるんだ。これで殲滅してくれ。頼む、苦しいのはわかっている。」

「了解!上官の命令は絶対ですから。けどこっちに戻ってこんといてくださいよ?」

「なぜだ?指揮官が前線にいなくてはならんだろう。まさか、貴様!」

「・・・生憎俺はそんなロマンチストじゃ無いんですよね。道連れなんて考えていませんよ。ただ、あなたが帰ってきたときに収容作業でタイムロスの隙をやられる可能性が非常に高い。ただそれだけです。」

とても心苦しかった。1人の愛する人のために何百人ものクルーを危険に晒してします自分の無能さに。それでも覚悟を決めろ!そう自分に言い聞かせた。

「・・・すまない、副長。長門改からもできる限り支援はするように伝える!」

「その心意気ですよ、艦長!」

通信は半ば一方的に切られた。それでも彼はきっと生きて帰ってくるはずだ。なら信じるのだ。目の前の彼女だってそうに違いない。


米軍cbs艦隊臨時旗艦 戦艦ノースカロライナ

「艦長、仇を打ちましょう!我々の与えた戦果は多大ですが旗艦とその同型艦4隻を失っては、最早我々に帰るところなどありません!」

「私も副長に同意です!こうなったら一隻でも多く沈めて後世に伝えなければなりません!」

「艦長!・・・ご決断を。」

このノースカロライナの艦長はいまだに迷っていた。彼は一気に何千の兵士の命を預かってしまったのだから。今、残っている艦艇は駆逐艦や軽巡洋艦はほとんど沈んだが、戦艦や重巡洋艦はまだ大半は生きている。しかし、アイオワ級を沈めたあの一撃がまた来ないとも限らない。そうなれば突撃は無に帰す。しかし、彼らもそれなりの覚悟をしたのだ。ならこのチキンレースに全員の命を賭ける!

「総員、第1種戦闘配置!これよりcbs艦隊は敵艦隊に最後の突撃を敢行する。離艦するものは速やかに離艦せよ。残るものはその命、灰となるまで戦いつくせ!両舷全速!」

「艦長!了解、両舷全速!」

ジャップは退却し始めた。なら追うのみ!

最後の追走突撃が始まった。


「副長、敵は我々のチキンレースに乗ったようです!」

「よし、よくやった。本陣まで最大戦速で逃げるぞ!大退却だ!」

既に速度は9ノットにまで落ちていたがもうしばらくすれば15ノットまでは復旧可能だそうだ。ギリギリ逃げれるか捕まるか、究極の鬼ごっこだ。彼らは明らかに無謀な突撃とわかって来ている。目の前で何もできず旗艦とその姉妹があっけなく沈んだのだ。それに対して一矢報いてやろうとしているのだ。なら応えてやろう。

「本陣到達まで残り15分!」

「敵艦発砲開始!目標は本艦のみ!」

「・・・沈めた奴を沈めれば気がすむとは思えんがな。」

そんなことをぼやきながら回避指示をした。


「根東中将!何とか出血などの生死に関わる山は越えましたぞ!」

「そうか!よくやったぞ、先生!」

ひとまず安心した。これで死ぬことはないということだ。これだけでも安心できた。

「しかしですな、ここからは彼女の精神力にかかっています。」

「?どういうことだ。」

一気に現実に戻された。

「先程、記憶の話をしましたな。それの原因は大半が事故や怪我のショック、つまり恐怖体験を味わってしまうことにあるんですな。」

「なら、それをいかに彼女がショックとして受けるかにかかってくるということか?」

「ご名答です。もうそろそろ意識も戻ることでしょう。その時に全ての情報が恐らく流れ込んで来る。その情報の奔流に耐えれるかなんです。」

ここからできることは今までに数回としか信じたことのない神に頼むしかない。そして彼女の右手をしっかりと握る。

「・・・中将、我々は別の負傷者がいます。もし何かあったらこのインターフォンを鳴らしてください。一応、看護師を1人置いておきます。」

「ああ、ありがとう先生。」

彼は一礼して部屋を出て行った。

『ああ、神様。どうか、どうかこの私の愛する妻をお助けください!どうかっ!』

同じようなことを何度も何度も心で唱え続けた。


「副長、艦橋上部構造物に被弾!レーダーはもうダメです!」

これにより、あの精密射撃はこちらからはできなくなったということだ。更に通信機器も相次ぐ集中砲火により消し飛んでいた。今は羅針盤と目の前にいる大艦隊が友軍であることを信じ、最後に通達した作戦が伝わっていることを祈るのみだ。そんな中一際大きな振動が艦橋を襲った。

「副長!後部主砲大破により、使用不能になりました!」

これにより背中を見せながら撃つことはできなくなってしまった。しかし、まだ主砲ならある!

「航海長、その場回頭用意。」

「本気ですかい?」

「本気だ!」

それに応えるように操舵輪が大きな音を立てて回る。敷島はその場で180度、回頭した。そしてスクリューを逆回転させる。バック走だ。出雲は最早それを余儀なくされた。何故なら艦後方の51糎砲をはじめとした対艦兵装の全てが大破してしまったからだ。しかし、彼らも全部は無事だった。なので彼らもその場回頭をし、同じ9ノットの鈍足戦艦がバック走を開始した。

「出雲にカラー式投光機にて連絡。手動統制射撃敢行と。」

通信士が外の投光機で出雲に連絡をした。彼らもこれに応じるように

『全てを貴官らに託す』

と言い残し、その場所は砲弾によって吹き飛ばされた。代わりに艦橋から何枚もの指示黒板を持った下士官が艦橋ないから目標指示を要請してきた。彼も血まみれだった。艦橋はもうダメだろう。そんなこと思いながらこちらは投光機で『目標 ノースカロライナ、カウントダウン内容を伝える』とだけ伝えた。そうしたら彼は『5』と書かれた黒板を掲げた。カウントダウンは彼に一任しよう。奥に伝声管にもたれかかっている兵士も双眼鏡で確認できた。彼がカウントダウンを伝えるのだろう。そしてカウントダウンが開始される。

『5』、『4』、『3』、『2』。どうかこの砲撃によって敵艦は沈んでくれ!彼もまた神に頼んだ。そして時はきた。

『1』。今までより遥か高くそれは掲げられた。

「主砲、統制射撃始め!」

神頼みされた51糎の砲弾が敵艦目掛けて放たれた。

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