第18話 帰るまでが戦争です

既に大和は戦闘不能の状況に陥っていた。飛行甲板は鎮火しきれずに航空隊を本隊まで帰還させる無茶なお願いをした。対艦兵装は全て破壊又は弾切れしており、残された高角砲でなんとか牽制用弾幕の形成に努めているものの、米軍は全く意に介していない。先程連絡をよこしてきた山縣艦隊長から再び連絡が来た。


『我、味方防衛線到達。貴艦モ速ヤカニ退避セヨ。コレハ作戦司令部命令デアル。』

つまりヅラかることに成功したようだ。

「総員に達する。水雷戦隊は無事に味方防衛線まで退避することに成功した。よって本館もこれに倣い、戦域からの離脱を開始する!」

そして機関最大の指示を出す。艦橋の表示計では、速度は15ノットまで落ちていた。更に艦の傾斜もキツくなってきているようだ。立っているのがかなりきつい。それに追い打ちをかけるように砲撃が飛んでくる。そして各部署から悲鳴のような状況報告が上がってくる。

「こちら機関室、こっちにまで火がきやがった。後どのくらいで戻れるんだ!」

「電探室より、左舷より魚雷接近!雷数5!」

「ダメコン第1分隊です。中央防核が大穴開けてやがります。このままでは浸水が止まりません。各班に防水扉の閉鎖命令を!」

全てが一緒に来たような感触だった。

それでも諦めてはならない。私は艦長なのだから。艦長なら最後まで生きているクルーの命を無駄にしてはならない。

そして決断する。

「・・・・・総員、退艦準備にかかれ!これは命令です。命令違反者には容赦しません。」

そして艦橋にいた乗組員たちにもここから出ていくように指図した。しかし、

「こちら機関室。通信機器がおかしくなったらしい。残念だがそちらからの命令がよくわからない。もって現場判断により、機関維持に努める。復旧は困難だがな。」

「電探室です。電探が全て故障したためマストに上がって見張りを行います。連絡が聞こえるように誰か外に出ていてください。」

「ダメコン第1分隊だ。まだ諦めるには早すぎるぞ、艦長。」

・・・みんな、ありがとう。

声には出なかったが、それは顔に表れていたに違いない。そして再び艦が揺れる。

「見張り所より、艦橋。魚雷全弾命中した。されど右舷側に被雷したため丁度艦傾斜角が均衡に戻っている。」

傾斜角が元に戻ったために船は遂に海面と甲板がもうそろそろで触れそうな勢いであった。しかし、それにより少し速度が上がった気がする。

「こちら艦長、現在の状況を知らせ、機関室。」「こちら機関室。浸水はダメコン班のお陰で止まっている。後朗報だ。機関復旧完了だ!23ノットは出せるはずだ。」

命令するまでもなく航海長がスロットルを最大にする。明らかに艦の速度は目に見えて速くなった。それに慌てた敵艦隊は駆逐艦を前方に置いて海上封鎖を仕掛け始めているのが見張り員の報告で分かった。大和進路に対し駆逐艦2隻を横にして肉壁を貼ろうというのだ。しかし、ここまで来たならボロボロにして帰ろうではないか。

「よく聞きなさい。今から敵駆逐艦に対しラムアタックを敢行する。艦前方にいる乗組員は速やかに作業を中止し後方に退避!急げ!」

速度は波の影響もあり27ノットまで上がっていた。流石にラムアタックを敢行するとは思っていなかったのか、敵駆逐艦は慌てふためいていた。それ故に退避が間に合わなかった。

鉄と鉄が激しくぶつかり合い、大きな火を上げながら駆逐艦の、ど真ん中を大和は突き抜けていった。それにより、駆逐艦は三日月のように曲がって、真っ二つに割れて爆発した。当然のことながら大和のダメージはより悪化した。

「艦首部、欠損。されど航行に異常無し!」

「水密扉を全て閉めて、浸水を最小限にして!後、脱出艇の準備だけはしておいて!」

艦首は欠損し大きな炎を上げていた。それでも大和は沈まなかった。さらに見張り員が続く。「こちら見張り員、敵艦隊は撤退していく!繰り返す、敵艦隊は撤退!」そして彼は前方を指差した。そこには日章旗を掲げた大小様々な軍艦が連なっていた。まるで大和を待っているように。


1942年9月14日 午前11時37分

空母 大和 第二大艦隊に帰還。

損傷は激しかったものの駆逐艦5隻による曳航により、横須賀まで無事に護送することができた。大和艦長の根東美咲大佐は艦内で起きた暴動により受けた傷により、一時は生死の境目を彷徨ったものの一命を取り留めた。

尚、珊瑚海における海戦で大日本帝国海軍第二大艦隊は先遣水雷戦隊が壊滅的被害を受けたものの、米軍第II任務艦隊の本隊も壊滅的被害を受け、これにより、太平洋沖での米軍の圧力は一時的に収まった。


3週間後 横須賀海軍総合病院

コンコンと部屋をノックする音がなった。

「美咲、入るよ?」

「えぇ、どうぞ。そこに椅子用意しておいたから。それで要件は?」

「きみのあの時、戦場で何を見て何を得たかを教えてほしい。」そして美咲は苦しいことも辛かったことも、痛かったことも、何より帰ってこれたことを、話してくれた。

「・・・そうか。俺にもその全てがどうとかはよくわからない。ただこれだけは言える。君は絶対に正しい行いをしたんだ。それだけは否定しちゃいけない。いいね?」

彼女は半泣きになりながら頷いた。

「後、無事帰って来て嬉しいよ、美咲。」

2人して抱き合いながら大泣きした。

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