第16話 珊瑚海に散る紅
航空隊は母艦大和に帰還中であった。しかし、米空母から発艦した直掩戦闘機隊の襲撃を受けて何機かが撃墜されそれ以外の機は殆どが速度と高度が上がらずじまいだった。その為、海面がはっきりと見える高度で飛んでいた。だが故に悲劇を目の当たりにしてしまった。
「隊長!前方にて我が軍の水雷戦隊と米軍の艦隊が交戦している模様。戦況は我々の方が不利になっているらしいです。援護に向かいましょう!」
「馬鹿野郎。今行ったら向こうさんにとっての良いカモだよ。それにこっちは弾なし油無しだぞ。無理に決まっているだろう。」
航空隊は迂回して戦域を極力回避していった。
同日午前9時30分
空母 大和 艦橋作戦室
「根東艦長。先遣艦隊の山縣艦隊長より電報。『我々、先遣艦隊、当初ノ任務ヲ完了セシム。サレドモ米軍艦隊ノ待チ伏セニアイ艦隊ノ八割、戦闘不能。援軍求。』です。」
「艦長、我々だけでも急行しましょう。大和の速力と隠蔽式15.5糎三連装砲7基、そして敷島級並みの装甲で敵艦隊など相手になりません。」
「・・・・・だめよ、行っては。」
「なぜです!」
「あの水雷戦隊がボロボロになるほどの相手よ。航空隊が戻ってくるまでは絶対待機よ。その間に山縣艦隊長に連絡。内容は『敵艦隊の詳細をこっちに送れ』でいいんじゃないかしら。」「・・・了解です、艦長。」
この時、副長はわかっていた。仮に救援に駆けつけたところで全滅するのが。しかし、それでも見捨てたくない思いが彼を悪魔に変えてしまった。
「議論の余地はありません、艦長!」
美咲に拳銃を突きつけた。それに同調するように周りの航海長などのクルーたちも腰のホルスターに手をかけた。
「・・・冗談のつもり?今なら不問にしてあげる。銃を収めなさい。これは命令です。」
「黙れ!所詮、夫のコネだけでこの艦の艦長になった女が何言うのだ、この売国奴!死にたくなけりゃ今すぐ現場に急行しろ。さもなくば・・・。」「さもなくば?」しばらくの間、沈黙で満たされた。
「こうするまで!」艦橋内に鋭い音が鳴り響いた。その音は立て続けに2回鳴った。
「うっ!」うち1発は美咲の脇腹を貫通した。
「く、くそっ!当てちまった。こんなはずではなかったんだ。・・・許してくれ。」
「うっ!・・・はぁ。副長、医療班を呼びなさい。鎮痛剤を寄越すようにも言って。」
「なんだと?俺たちとやるのか?」
「馬鹿ね、勝てるわけないじゃない。私丸腰なのよ。それに体格差もある。だからあなた達に屈するしかないじゃない。それで、さっきの電報の返信はきたの?」流血で白の艦長服がどんどん脇腹当たりが真っ赤に染まっていくのを艦橋クルーは見ていた。「返信は!副長!」
「くっ、返信あり。敵艦隊規模は・・・おい、嘘だろ?戦艦3隻、重巡洋艦5隻、駆逐艦10隻!こんなのどうしろってんだよ。」
「じゃあ、行くわよ。戦域へ。」
「何言ってんだあんた!こんな規模、単艦では・・・」「やれと言ったのは貴方でしょ!」
副長はつい2、3分前の自分を恨んだ。
「どうせ艦隊司令部は何もしない。ならば大和単艦で救援に行くのみよ。うぐっ!」
美咲は吐き気と共に口から血を吐き出した。
どうやら死に至らないとしても重傷のようだ。もう既に脇腹一帯と太ももあたりにまで血が滲んでいる。早くしなければ。
「早くなさい!女を待たせるつもり?」
「・・・クソッタレがぁ、このクソ野郎が!」
また拳銃を発砲した。今度は牽制ではない。狙いに、殺しに来ている。リロードはされていなかったがそれでも5発弾は残っていた。それだけあれば1人を殺すことなど造作もなかった。
1発目は大きく右に外れて虚空へと消えた。
2発目は首筋を掠めたものの大したことではなかった。3発目は左腕に直撃した。4発目は右太ももの端の方を抉るように貫通した。
5発目は再び脇腹を貫通した。
「うっぐっ!・・・まだ、まだ死ねないわ。」
全身から血が止まらなかった。だがこれ以上もたもたしていると彼らは全滅してしまう。
そして戦場は無慈悲だ。
「ふぅふぅふぅ、ふぅー。・・・副長、上を見なさい。」
「あれは!米軍の爆撃隊!」
もちろん奴らの狙いは他でもない大和であった。何故なら周りに空母はいない。ただそれだけの理由だったが美咲には確信と見えた。
即座に対空戦闘が始まった。しかし、発見の遅れによる攻撃の遅れはあまりにも致命的であった。甲板には航空機はいなかったものの250キロ爆弾が立て続けに甲板に落ちてくる。そして、甲板を火の海へと変えていく。
それはわずか1分の出来事だった。
「・・・・・まだ、生きてるみたいね。」
美咲は痛む脚を引き摺りながら、艦橋を出た。艦橋にいたクルーは美咲以外が気絶しているようだ。そして外を見た。
煌々と燃え盛る甲板。
止まらぬ爆発の音。
かすかに聞こえる浸水音。
まだ艦は動かせる。浸水なら注排水システムで水平に保てる。甲板は自動消火装置で鎮火作業が始まってる。爆発は格納庫の僅かに残った爆弾のみ。そもそもその爆弾自体が中央区画のバイタルパートにあるのだ。爆発はしていない。この艦でやれることは、あれしかない。
ピィー。甲高い音が館内に鳴り響いた。
「大和全乗組員に通達。本艦は既に航空母艦、ましてや軍艦としての機能が十分に発揮できない状態に陥ってしまっています。恐らく母港へ自力での帰還は困難な状況となりました。しかし、この先の戦域では水雷戦隊が瀕死の危機にあります。私は決して同胞を見捨てたりはしない!決して引き止めはしない、さらには死ぬ可能性だって大いにあります。それでも私に命を預けてくれるものは共に行こう!そして・・」
ここが限界だった。足がもうもたない。血を流しすぎたせいか正常に判断できない。血がどんどん溢れていく。それでも言わなければ。
「ゴフッ・・・。そして、明日の日本を守るために戦おう!」
艦内や艦外からは大きな叫び声が返ってきた。内火艇やカッターの降りる音は全く聞こえなかった。代わりに戦闘準備の慌ただしい音が聞こえた。
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