第四節

「ふっ! ナルシストの何か悪い! それだけの才能を持ってるからなこの私は、それより貴様ら! 続くぞ!」


このように、実際両方もあった。尊大かつ、上目線ではあるものの、気遣いも実はある程度出来る、なかなか憎めない性格の持ち主であった。だからこそ余計に困るんだがと思う人も居たり居なかったり。


「と、言う訳だ、観察自体は出来たものの、その性質に関してはまったくもって不明、だから魔導力学に丸投げしてきた。存在が確認されていた以上、正体が解明出来ないとは言え、そのままなかったことにするのは出来ないからな。そして、こちらによるレゲッシュの模索を始めて1世紀、さらにもう二つのことが判明した」


『おっ、見えてきたぞ流れが! その二つってのは、実はエネルギーであること! んでもう一つは……もう一つは……あ―っ……』


「……多分、七原色のことでしょうね。今まで教えられた魔導力学の研究ペースから考えると、たった1世紀で正体がエネルギーであることを判明出来たとは思えない……恐らくだけど、結論としてはエネルギーとしても使える新しい概念的な何か。そして人類の感情から発した物を基にエネルギーとして変換する以上、感情のタイプによってその出力が変動することも考えられる……」


淡々と、考察し始めたレイチェル。大きい声でしている訳じゃないためか、ディフェルドを含めて講義室にいる全ての人間も黙り込んで、静かに、その考察に耳を傾けた。


「人類の感情は多種多様で、細かく分けようとすると数十種ぐらいはある、そんな中でたった7種しか当てはまらないのも考えつらい。なにより、現象を引き起こす感情グループを一概に『レゲッシュ』と呼称したにもかかわらず、そこでわざわざ『七原色』という後付けを加えた、つまりあの7種はレゲッシュの中でも特別な位置にある……そうなると、七原色とはレゲッシュの中に、もっとも変換効率の良い、もしくは出力の強い感情であること……あくまで推測ですが、どうでしょうか? 教授」


「ふっ……貴様ら、拍手を! もちろん、レイチェルにだ!」


『おおすげぇ!』

『やるぅ~! さすがうちの学年首席ね!』


ディフェルドの目にもちろん狂いはない。レイチェルだけじゃない、今ここにいる学生はみんな、魔導力学という分野に於いて必要な『感性』を常人のそれより優れている、だがらこそ認められ、この講義室にいた。


それでも、レイチェルは格別だった、次席との圧倒的な差を開き、修めた学科の全てを最優の成績を出し、将来有望の才女として注目の的にされ、まだ卒業していないにもかかわらず、すでに様々な分野の研究機関からスカウトが届き、彼女のための席を予め用意していた。


「レイチェルの言う通り! 正体は未だ完全に解明出来ていないが、理論上、エネルギーとして転用出来ることはわかった。そして、数ある感情の中、七原色だけがまるで次元が違うのように膨大なエネルギーを生み出してくれる。その上でだ、他のやつらは抽出される際無色であるのに対して、こいつらだけがはっきりと視認出来るほどの色を見せている、このようにな」


メインモニターの映像が変わり、映し出されたのは赤い霧のような、およそエネルギーとして抽出され、容器に保存された原色の写真。横には七原色各々の名称と対応の色も並びられて、一緒に表示された。


『破壊衝動-赤色』

『他者否定-青色』

『占有欲求-紫色』

『自己犠牲-緑色』

『存続意識-白色』

『終末願望-黒色』

『相互理解-黄色』


『うげっ、何このラインアップ……』

『ほとんどろくでもない感情じゃねぇか!』

『どうしてこんなのが一番強いエネルギーを生み出せてるのだろう……』


「一応、感情としては激しいの類だから、エネルギーになり得るという話なら、理解出来なくもないけど……」


「その様子だと、腑に落ちないところあるようだな、レイチェル?」


「ええ、はい。他の6種はともかく、相互理解については少々……少なくとも私の中では、いい感情ではありますが、そこまでのエネルギーを生み出せるほどのイメージはありませんでした」


「ふむ。さっき言っていた激しいかどうかの話だな? 確かに、意味をわかった上でこうして名前を目にしては、どちらかと言うと穏やかなイメージはあるな、だが……違うぞ、レイチェル。感情がエネルギーを生み出せる前提でなら、相互理解は間違いなく、一番強い感情だ」


デスクに腰を掛け、腕を組みながら、ディフェルドは解説を続けた。


「まずは、だ。貴様ら! 価値観とは何なのか、知ってるか?」


『あ? 何だいきなり?』

『価値観って……善とか悪とかの判断基準的な?』

『物事の見方という解釈もあるよな』


「浅いな。間違っていないが、正解でもない。いいか貴様ら、価値観とは、人生の積み上げ、その総量だ」


『人生の……?』


「そうだ。人類の価値観とやらにテンプレートは存在しない、一見、『これは善』というような行為でも、別の角度、別の立場、そして別の人間から見れば『悪そのもの』になり得る。ではなぜこのような差が存在する? 答えは簡単だ、環境、経験、これまで歩んできた人生そのものが、人間の価値観を影響し続けているからだ。違う環境で育てられ、違う経験を持ち、違う人生を体験してきたそれぞれの人間が、違う価値観を保有するのは当然のことだ。そこの貴様、さっき言っていたな? 価値観とは物事の見方だと」


『お、おう、言った』


「となればだ、価値観とは人生の積み上げ、そして同時に、物事の見方という側面もある……そんな中で、とある事に対して違う見方を持ってる2人が出会ったら、どうなる?」


『どうって、そりゃ……口論とか? 自分の意見を相手に言い聞かせて――』


「……相手の人生への、否定……」


『えっ』


「レイチェルの言う通りだ。確かに口論はするのだろうな。だが、相手の意見に反論するのはすなわち、相手の価値観に物申し、相手の今までの人生を否定する行為だ」


『いやいやいや、いくらなんでも――』


「大袈裟か? なら考えてみるといい。貴様ら、今までの人生の中で、口論をした、もしくは他人がしてるとこを目にしたこと、そう少なくはないはずだ。その中で、口論した後当人達が仲良く相手の観点を受け入れた割合、どれぐらいある?」


『あ――っ……』

『ほぼ、ないよね……ううん、ちっちゃい事ならあるんだけども……』


「相手を一方的に言い負かしたやつも、いるのはいるだろう、だが、それだけだ。例え論破されても、相手の観点を受け入れたということにはならない、反論出来ないからって、相手を認めた訳じゃない。そんな簡単に見方を変えられるほど、我々の人生は軽くない、プライドは安くない。だからこそだ、人類は滅多に分かり合えない」


『ええっと、だからその反動として、分かり合えた時、すごいエネルギーを生み出せるってこと?』


「当たらずとも遠からず、だな。さっきも言ったが、人類は自分の価値観を急修正するのは難しい。言い方を変えれば、自分にとって都合のいい、心地いい環境のままで人生を進ませたいのが人の性……だが、新しい物を、刺激を求めるのもまた、人の本能だ」


「あっ! だから……そういうことね」


「もう理解したようだな、レイチェル」


『いや待て、こっちはわかってねぇっす』

『二人だけで納得しないでよぉ~』


「ふっ! 情けないな貴様ら……よく思い出してみるといい、自分の価値観に矛盾しない状態で、新しい知識、新しい見聞、新しい物に触れた時、どういう心境だ?」


『そりゃ、へぇ~ってなるな』

『そうね、ちょっとワクワクとか、興奮したりもするね』


「じゃあ相互理解とは何だ? 言い負かされて反論出来なくなって惨めに相手のことを認めることか?」


『んな訳ないだろう、相互理解ってのはこう、お互い、自分から相手のことを知ろうとして――んっ!?』

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