第三節
『はぁ? んな訳――あっ』
ピンっときた。こうして面に向かって言われるまで、考えたこともなかった。極く当然に、当たり前のことであるにもかかわらず、ただの一度でも、自覚してなかった。
「私達人類の歴史の中でも、『現象の認識 → 応用の発見 → 原理の構築』という順で物事を確立させて行く例も少なくないよ、例えば、今になってもはや当たり前のように扱える『火』ね」
『火って、あの火?』
「そう、遥か昔、そもそも科学という概念すらまだ生み出していないような昔。私達の先祖はそんな中で火という現象に出会え、そしてそれを扱った。当たり前だけど、火という現象の原理を解明した訳じゃない、それでも単純に、近づけば暖かくなる、物に付けたら燃える、夜中ではそれが灯りになると……理由はわからない、でも、『こうすればこうになる』と理解している。それと同じよ、ただ扱うだけなら、そこまで深く理解する必要はないからね」
「その通り、理解出来なくても扱える、しかもそれは、我々人類の専売特許ではない。そこら中の動物達も、理解しないまま本能的に、高度な科学理論を用いた行為を繰り返して生きてきた例は幾らでもある。認識されずともそこに存在し、理解されずとも手が届けばある程度は扱える、それがこの世界のルールだ」
言われてみれば当たり前、当たり前なのだが、人類とは往々にして、そういった『当たり前』を忘れがちである。
「もちろん、扱えるだけでは満足せず、その解明をも目指してるこその学者というものだ。どれほどの時間を掛けようと、途中でどれほどの応用を生み出そうと、我々の目標はまず、その解明だ。そして、目下我々魔導力学の学者が相手をしているのは、こいつだ」
メインモニターに新しい映像が表示され、内部の構造がやや複雑な六角形が一つ、現れた。六つの角にそれぞれ一つの色が中心に向かって広げ、その中心もまた一つの色が小さな円になって存在し、図形の所々が難しいそうな言葉や解説が並びられてる。
『あれ? これって、どこか……』
『俺も似たようなやつ見たことある! ええとなんだっけ……』
「プルチックの輪……ううん、似ているけど、違うね。教授、これは?」
「我々人類の、感情のエネルギーだ。レゲッシュの七原色とも呼ばれている」
『感情の……エネルギー?』
『感情の力、的な何か? 確か本で見たことあるような』
『火事場のバカ力や、怒りの力とか?』
「違うな、忘れたか貴様ら? 今は魔導力学の講義をしている。すでに何千年も前に証明された、脳の化学反応による生理状態の変化のような歴とした科学じゃない」
レイチェルが言っていたプルチックの輪をモニターにも表示させ、レゲッシュの七原色と並ぶようにしながらディフェルドは解説を続けた。
「プルチックの輪とは古代の学者が提唱した、感情の解説理論だ。我々人間には様々な感情があり、それらを連想しやすいように対応の色を付けて表現する物……『感情に色あり』という部分以外、共通点が一切ない。そもそもプルチックの輪の『色』はあくまで連想させるために付けた、いわゆる概念の一種だ。実際目視出来る色を発するレゲッシュの七原色とは性質が違う」
『えっ、マジで色あるの?』
『こう、例えじゃなくて?』
「そうだ。順を追って説明する。貴様達も知っての通り、我々人類は感情の発現と共に、肉体にもある程度の生理的な変化をもたらす。嬉しい時や楽しい時は体が軽くなり心地良い、逆に落ち込んだ時は体が重くなり、酷い場合は食欲などにも影響を与える……感情という物は脳から発生した一種の化学反応である以上、体にも影響を及ぼすのは当たり前のことだが、2世紀ほど前、ある現象が観察された」
メインモニターに表示されていた図形が分解し、別の物へと組み立てて行き、出来上がったのは、一つの人体モデルと、その頭部から絶えずに何かが溢れ出す映像だった。
「数多な感情の中に、発現と同時に脳からある種の正体不明な波動が発生するようなやつがいる。その波動は体に何の影響も与えず、ただ体外へ漏れ出し、そのまま大気中に霧散する特性を持っていた。当時の学者達は、このような現象を引き起こす特定な感情グループを『レゲッシュ』と呼称し、研究を始めた。そして――すぐ頓挫した」
『はっ?』
『どういうこと?』
「……そういうことね」
『えっ、レイチェルわかるの? 今の話を?』
「わかるというより、納得したと言った方がいいでしょう。正体不明な波動、研究が頓挫、魔導力学の講義で重点として上げられていること、そして先ほど教授の口から『感情のエネルギー』という結論……つまり――」
『あっ、あぁ~! そういう! 既存の科学理論では説明出来ない、でもなんだかんだ扱えるやつね!』
「ふっ! レイチェルが優秀なのはもう何度も証明済みだが、貴様らはまるでダメだな、もっとしっかりしろ! 仮にもこの私に認められて講義を受けているのだ、これぐらい、すぐ気付けないでどうする!」
『んなこと言われてもなぁ、キツいぜこれ、理屈とか常識とか頼れないんだろう? おまけに科学、ってか科学すらねぇか、よくわかってないのに扱えるとか、頭がグラグラしてるぞマジで。1+1が2以外になれるような話だろう?』
「私の目に狂いはない、これだけは確定だ。出来る出来ないの話はない、貴様らがやるかやらないかだけだ」
『うぅわ~こういう時までナルシストか~』
『不器用なのかナルシストなのか……』
『レイチェルもニコニコしてないで教授になんか言ってよ~』
「う~ん、両方もあると思うよ?」
「ふっ! ナルシストの何か悪い! それだけの才能を持ってるからなこの私は、それより貴様ら! 続くぞ!」
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